側に寄り添うだけ

風千10

「そろそろ休憩しませんか? 美味しい茶葉が手に入ったので淹れてみたんです」

「千尋、これを。朝晩がずいぶん冷え込むようになりましたから」

そうやってあれこれと千尋の世話を焼く風早に、どこかもどかしい思いを抱くようになったのはいつからだろう?

「千尋? どうかしましたか?」
「え? あ、ううん。なんでもない」
知らず物思いにふけっていたらしい意識を今に戻すと、風早がくれたショールを肩から掛ける。

「あったかい……」
「よかった。今朝、身体を震わせていたのが気になっていたんです」
「ありがとう、風早」

千尋自身が気づくより早く、こうして世話を焼いてくれる風早に昔から甘えていたな、と遠い日々を思い出すとかすかに胸が痛んだ。

「…………っ」
「どこか痛むんですか?」
「う、ううん。大丈夫だよ」
「千尋」

わずかに顔をしかめただけなのに、目敏く異変に気づき歩み寄る風早に大丈夫だと首を振るも気遣われて、身を屈めて覗き込む姿に頬が赤くなる。

「顔が赤いですね……。少しいいですか」
「風早……っ?」
「……熱はありませんね。先程胸を押さえていましたが、他に痛むところはないですか?」
「だ、大丈夫だよ。なんともない」
「本当ですか?」
「うん」

頷くと、まっすぐに目を覗き込んでそこに偽りを見つけられないことに安堵すると、身を起こした風早の裾を掴んでしまう。

「千尋?」
「大丈夫だから、もう少しだけここにいて」

年頃の娘だから。臣下であることをわきまえなければ。
そんな理由で千尋の部屋に長々と居続けることがないのはこの豊葦原に戻ってくる以前からで、千尋は縋るように風早を見上げた。

白龍との誓約に勝ち、平和な時を手に入れることができたがそこに風早の姿はなく、つい先頃まで記憶も失われていた。
けれども通りすがった風早と言葉を交わした瞬間、ずっと欠けていると感じていた思いが溢れだして――何よりも大切な存在を思い出した。
神ではなく、千尋と同じ人間になったという風早は、以前と同じく千尋の従者として傍にいてくれる。
そのことは幸せで仕方ないのに、もどかしい思いが溢れ出て、どうしていいかわからなかった。

「千尋、俺はここにいますよ」

宥めるように微笑む彼に頷くも、もどかしい思いは消えてくれない。
以前ならこうして側にいてくれるだけで嬉しくて安心できた。
今でもそれは変わらないけど、それだけじゃ物足りない。
もっと――そう求める思いに気づき驚くと、「千尋?」と問いかけられた。

「何かあったんですか?」
「う、ん……」

問われてもなんて答えていいかわからない。
自分でもまだ理解できてない思い。
風早に側にいて欲しくて、でもそれだけじゃ物足りない。
こんな思いをなんというのだろう?

『ねえ、一緒に暮らしてるのが学校じゃ人気の王子なんて気にならない?』

唐突に思い出したのは、五年間を過ごした橿原での生活。
同い年の従兄と暮らしているということで、とりわけ那岐とのことは騒がれた。
風早のことは先生ということもあり、なるべく知られないように気をつけていたのでそれほどでもなかったが、それでも関係を知れば同じように問われた。
その頃は家族なのになんで? と理解できなかったけれど……。

「…………っ」
「千尋?」

いきなり顔を赤らめた千尋に、風早が驚きの表情を浮かべたが、なんといっていいかわからない。
だって、いきなり理解してしまったのだ。
この思いの名に。
側に寄り添うだけだけじゃ物足りない。
それは……恋心ゆえ。

「…………っ」
大切なひと。それは変わらない。
けれど、それだけじゃなくて。
家族を越えたこの思いは――恋。

「千尋?」
覗き込む恋しい人に、どう伝えればいいかわからなくて、握ったままの裾を手放せなかった。
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