風千11

「ねえ? 風早」
「なんですか?」
「私が異世界にいた頃、記憶がなかったのってもしかして……風早のせい?」
千尋の問いに、風早はお茶の準備をしていた手を止め、千尋に向き直った。

「……そうです」
「どうして? どうして記憶を封じたりしたの?」

いつも夕日を見ると不安だった。
何かに急き立てられるようで、しなきゃいけない大切なことを忘れてしまっている気がして落ち着かなかった。
それが中つ国が滅ぶ日に見た炎の中の情景であり、姉との約束であったことが後に分かったのだけれど。

「どうして私を異世界に逃したの? あれは風早の力なんでしょう?」
「……そうですね」

頷く風早に、千尋は切なくなる。
記憶が戻ってからずっと考えていたのだ。
あの世界に自分を逃がしたのは誰なのか?
始めは龍神かと思ったが、白き龍と実際に会ってそれが違うことが分かった。
それならば考えられるのは一つしかなかった。

「あの時、あなたは幼すぎた。運命を背負って立ち向かうにはまだ力が足りなさ過ぎたのです。
ですが、あのまま豊葦原にいたのでは無事ではすまなかった。
だから常世の皇に時空の狭間へ落とされた時、豊葦原ではなく別の時空へ超えたんです。同じく時空の狭間に落とされた那岐も共に」

確かに中つ国が滅びた時、千尋はまだ12歳で戦う力も運命を切り開く力も足りなかった。

「風早は私を守ろうとしてくれたんだね」
切なくて、風早の胸に飛び込む。
幼い自分と那岐を連れ、たった一人で見知らぬ世界で二人を守ってくれた風早。

「泣かないでください」
涙をこぼす千尋に、風早が困ったように微笑む。

「ありがとう、風早。ずっと私の傍にいてくれて」
「いいえ。俺があなたの傍にいたかったんです」

龍神に背き、人になって自分の傍にいることを選んでくれた風早。
皆の記憶から風早の存在は失われ、彼を見る周囲の目は厳しいものだった。
それでも、千尋を選んでくれたのだ。

「大好きだよ。今度は私が風早を守るから、ね」
胸の中で涙を流す心優しい恋人に、風早はそっと額に口づけた。
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