ふと感じた違和感に、千尋はまだまだ眠さを感じる意識を浮上させて、重い瞼をこじ開けた。
手が濡れている。上から零れ落ちてきた雫によって。
それがなんなのか、少しの間を置いて気がついた千尋は、もぞもぞと彼の腕の中から手を伸ばした。
「……ん……千尋? どうかしましたか?」
「風早、どこか痛いの? 怖い夢を見たの?」
千尋の問いの意が理解できずに首を傾げかけて、ふと自分の頬が濡れていることに気がついた。
「大丈夫ですよ。すみません、驚かせてしまいましたね」
「千尋、ここにいるよ? だから、大丈夫だよ」
小さな手のひらが頬に触れ、何度も何度も繰り返される優しい声。
それは遙か昔、初めて会った彼女と変わらぬ仕草。
「ありがとうございます。そうですね、千尋は俺の傍にいます」
「うん。那岐もいるよ? だから、大丈夫だよ」
すっかり涙が乾いた頬を、それでも撫で続ける優しい指先に微笑んで、そうですね、と頷く。
白龍に選ばれた少女が描く伝承。
それらをいくつ見届けてきただろう。
誤りの伝承で傷つく少女に寄り添って、新たな未来を紡いでいく。
けれども、その歴史はいつも巻き戻されて、そしてまた最初にたどり着く。
終わらない物語。
その事実を知っているのは、風早一人。
それでも、幼い彼女と過ごす日々は優しくて、あたたかくて、彼女の手のぬくもりそのもので。
その日々が愛しくて……切なくて、こぼれ落ちた涙も、すくいとってくれる彼女がいるから。
だからこそ、何度も何度も巻き戻される時間に、それでも風早は千尋の傍に寄り添い続けていた。
「……うるさいんだけど。まだ夜中だよ」
「ああ、那岐も起こしてしまいましたね。すみません」
「風早が泣いてるの。那岐も一緒に寝よう?」
「はあ? ……冗談じゃない。一緒の部屋に寝てるだけで充分だろ?」
まだ学生の身である風早に、小学生が2人。当然生活に余裕があるはずもなく、彼らはアパートの一室で共に寝ていた。
「一緒のお布団で寝るんだよ」
「千尋が入ってもういっぱいだろ」
怖い夢を見るといつも風早の布団に招かれる千尋は、今日も例外なく一緒に寝ていた。
「大丈夫ですよ。那岐も来ますか?」
「いかない。もう涙も止まってるし」
「あ、ほんとだ。良かったね、風早。もう寂しくない? 怖くない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、千尋。那岐」
那岐の指摘に、嬉しそうに見上げる千尋の頭を撫で、優しい養い子たちに微笑む。
優しい時間。暖かな時。
何度となく繰り返される時は、けれどもどれもかけがえのない、大切な時。
「さあ、寝ましょう。明日、朝起きれなくなってしまいますよ」
「寝坊したら千尋と風早のせいだよ」
「おやすみなさいっ」
慌てて布団に潜り込む姿に微笑むと、2つ隣りの布団におやすみなさいと囁いて、寄り添う小さな体を愛おしむように抱きしめた。
繰り返される時の中で、変わらぬ想いをその胸に抱いて。