変わらないぬくもり

風千8

ふと感じた違和感に、千尋はまだまだ眠さを感じる意識を浮上させて、重い瞼をこじ開けた。
手が濡れている。上から零れ落ちてきた雫によって。
それがなんなのか、少しの間を置いて気がついた千尋は、もぞもぞと彼の腕の中から手を伸ばした。

「……ん……千尋? どうかしましたか?」
「風早、どこか痛いの? 怖い夢を見たの?」

千尋の問いの意が理解できずに首を傾げかけて、ふと自分の頬が濡れていることに気がついた。

「大丈夫ですよ。すみません、驚かせてしまいましたね」
「千尋、ここにいるよ? だから、大丈夫だよ」

小さな手のひらが頬に触れ、何度も何度も繰り返される優しい声。
それは遙か昔、初めて会った彼女と変わらぬ仕草。

「ありがとうございます。そうですね、千尋は俺の傍にいます」
「うん。那岐もいるよ? だから、大丈夫だよ」

すっかり涙が乾いた頬を、それでも撫で続ける優しい指先に微笑んで、そうですね、と頷く。

白龍に選ばれた少女が描く伝承。
それらをいくつ見届けてきただろう。
誤りの伝承で傷つく少女に寄り添って、新たな未来を紡いでいく。
けれども、その歴史はいつも巻き戻されて、そしてまた最初にたどり着く。
終わらない物語。
その事実を知っているのは、風早一人。

それでも、幼い彼女と過ごす日々は優しくて、あたたかくて、彼女の手のぬくもりそのもので。 その日々が愛しくて……切なくて、こぼれ落ちた涙も、すくいとってくれる彼女がいるから。
だからこそ、何度も何度も巻き戻される時間に、それでも風早は千尋の傍に寄り添い続けていた。

「……うるさいんだけど。まだ夜中だよ」

「ああ、那岐も起こしてしまいましたね。すみません」

「風早が泣いてるの。那岐も一緒に寝よう?」

「はあ? ……冗談じゃない。一緒の部屋に寝てるだけで充分だろ?」

まだ学生の身である風早に、小学生が2人。当然生活に余裕があるはずもなく、彼らはアパートの一室で共に寝ていた。

「一緒のお布団で寝るんだよ」
「千尋が入ってもういっぱいだろ」
怖い夢を見るといつも風早の布団に招かれる千尋は、今日も例外なく一緒に寝ていた。

「大丈夫ですよ。那岐も来ますか?」

「いかない。もう涙も止まってるし」

「あ、ほんとだ。良かったね、風早。もう寂しくない? 怖くない?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます、千尋。那岐」

那岐の指摘に、嬉しそうに見上げる千尋の頭を撫で、優しい養い子たちに微笑む。

優しい時間。暖かな時。
何度となく繰り返される時は、けれどもどれもかけがえのない、大切な時。

「さあ、寝ましょう。明日、朝起きれなくなってしまいますよ」
「寝坊したら千尋と風早のせいだよ」
「おやすみなさいっ」

慌てて布団に潜り込む姿に微笑むと、2つ隣りの布団におやすみなさいと囁いて、寄り添う小さな体を愛おしむように抱きしめた。
繰り返される時の中で、変わらぬ想いをその胸に抱いて。
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