たとえ偽りであっても

風千5

とてとてとてっと廊下を歩く可愛らしい足音に、風早は読んでいた本から視線をドアへと移した。

「風早、いい?」
「ええ、どうぞ」
ぴょこっとドアから顔を覗かせた千尋に、風早が本を傍の机に置いて手招く。

「ねえ? 風早の誕生日っていつ?」
「誕生日、ですか?」
突然の問いに驚く風早に、幼い千尋はこくんと頷く。

「今日ね? お友達に私の誕生日を聞かれたの」

友達に聞かれ、誕生日はお祝いをする日なのだと知った千尋は、共に暮らしている家族の誕生日が気になったのだ。

「ねえ? 風早の誕生日はいつ?」

無邪気に問われ、風早が眉を下げる。
『風早』という少年が生まれ落ちた日は、確かに存在していた。
しかしその身に宿るこの魂には、誕生日というものがなかった。
聖獣としてこの世に存在する彼には、人のように生まれ落ちるという感覚はないのだから。

「……11月11日ですよ」
逡巡して、結局『この身』の誕生日を口にする。

「11月11日……11月11日……」
忘れないようにと繰り返す千尋に苦笑する。

「風早の誕生日には、千尋いっぱいお祝いしてあげるからね!」
「ありがとう。楽しみにしていますよ」
頭を撫でると、嬉しそうに微笑み千尋が戻っていく。

白き龍から人を見極めるよう言われ、人の世に降り立って数年。
あの時、決断を鈍らせた少女の下に風早はずっと寄り添っていた。
見慣れぬ生き物に石を投げつけ、追い立てた『人間』と、いたわり、看護してくれた『人間』。
どちらが人間の本質なのか、いまだ風早は見出せずにいた。
それでも――。

「あなたは本当に温かいですね」

先程千尋を撫でた手に、微笑が漏れる。
初めて知った『慈しむ』という感情。
守りたい……その想いを千尋に抱いていた。

温かくて優しいもの。
小さくて儚いもの。
可愛くて……愛しいもの。

「この身の偽りの言祝ぎも、千尋が与えてくれるのなら嬉しいとそう思えるんです」

だからいっぱいの笑顔と共に送ってくれるだろう、言祝ぎをこの身に受ける日を浮かべて笑みが漏れる。
少女の髪と同じ、黄金色に包まれた陽だまりのようなその日を。
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