「次はかけっこですか……」
保護者席で運動会のパンフレットを見ていた風早は、流れてきた入場曲に、行進する児童の群れへ視線を移した。
女子の列の中ほどにいる千尋と、男子の列の前の方にいる那岐。
小学校高学年ともなると、ぐんと身長が伸び始める男の子が出てくる中で、那岐は小さい方から数える方が早いぐらいの身長だった。
「やっぱりキノコばかりではなく、牛乳も飲ませなくちゃいけませんかね」
偏食の同居人に、う~んと顎に手をやり考える。
と、風早を見つけた千尋が、小さく手を振る様子に気づく。
「やっぱり俺の姫は可愛いですね」
手を振り返しながら、自然と頬が緩む。
男子から始まったかけっこは背の順のため、低い那岐はすぐに出番に。
「お、1位ですか。さすがは那岐ですね」
面倒がりで常にやる気のない那岐ではあるが、干渉されることを嫌うため、なんでもそつなくこなしていた。
そうしてしばらく他の子供達が走る様子を見守っていると、ようやく千尋の番がやってきた。
「う~ん……緊張してますね。転ばなきゃいいんですが……」
強張っている顔に眉を寄せると、駆け出してすぐに風早の心配が的中、千尋は転倒してしまった。
あ、と腰が浮き上がるが、すぐに立ち上がって再び走り出した千尋に、ゴールするのを見届けてから風早は席を立った。
「こんなところにいたんですね」
校舎裏でうずくまっている金の髪の少女に声をかけると、涙に揺らいだ蒼の瞳が振り返る。
「風早ぁ……」
「転んだところはちゃんと消毒してもらいましたか?」
「保険の先生がやってくれた。でも治療がすんでも、千尋が席に帰らないんだよ」
千尋に付き添っていた那岐が、はぁ~とため息を漏らす。
「どうしたんですか?」
「私……私……っ」
「かけっこ、残念でしたね」
よしよしと頭を撫でると、胸に飛び込みぽろぽろと涙を落とす。
負けず嫌いの千尋は、きっと一番になろうと頑張っていたのだろう。
「千尋は一生懸命頑張ったんだからいいんですよ。あれは事故なんです。さ、もう泣かないで。まだ他にも競技は残ってますよ?」
優しく涙を拭って微笑むと、千尋がこくんと頷き笑顔を見せる。
「うん。頑張るね!」
「はい。楽しみにしてますよ」
もう一度大きく頭を撫でると、壁に寄りかかって様子を見守っていた那岐を促し、校庭へと戻っていく。
「そうそう、那岐も良く頑張りましたね」
「ちょ……っ! 幼児じゃないんだからっ!」
よしよし、と千尋と同じように頭を撫でる風早に、照れた那岐が手を振り払ってそっぽを向く。
「この次は騎馬戦でしたか? 応援してますね」
「うん!」
「今日のお弁当は、二人の好物ばかり入れてきましたよ。楽しみにしていて下さいね」
「わぁい!」
空に向かって大輪の黄金色の花を咲かせる向日葵のような笑みを浮かべた千尋と、頬を染めて、歳相応の喜びを隠そうとする那岐と。
養い子二人の可愛らしい反応に、風早がふわりと微笑む。
那岐と千尋――遥か時空の彼方から連れてきた子供たち。
日々成長していくその姿に微笑みながら、風早は駆けていく二人を見送った。