本来神獣たる自分にはない、個々の執着。
見定めよと言う白龍の言葉に従い、様々な運命の中でその都度千尋が選んだ未来を、風早はただ黙って見守ってきた。
与えられた役目を果たすために、己の感情を押し殺してきた。
けれど、それらの絆の中から自分を選び取ってくれた瞬間、その想いは溢れ出した。
“―千尋を誰にも渡したくない”
無垢なる存在であった自分が育てたからか、千尋はこの歳にしては幼いまでに純粋であった。
それゆえに、誰にでも等しく向けられる笑顔が、風早の心を波立たせる。
今までは傍観者に徹しなくてはならなかったゆえに、笑顔の裏に隠してきた想い。
「風早、見て!」
弾むような声でやってきた千尋の首元には、深い翠の石がついたネックレス。
「あのね、那岐が誕生日プレゼントにってくれたんだ!」
にこにこと嬉しそうに風早に伝える千尋に、胸がちりちりと痛む。
「良かったですね」
人嫌いの鬼道使いも、千尋にだけは愛情を示していた。(一見そうとは見えぬ態度ではあるが)
ネックレスの先端にある石は、彼の瞳を映した色。
「では、俺は夕飯の洗い物でもしてきますね」
そこに込められた想いを感じ、風早は逃げるようにその場を去る。
「風早?」
いつもとは違う青年の態度に、千尋は蒼い瞳に戸惑いを浮かべる。
いつも通りの優しい笑顔。
でも、何かが違う。
拭えない違和感。
その違和感を一生懸命考えて、千尋はある結論にたどり着く。
「そっか……」
呟くと、パタパタと自室へと駆けていく。
慌てて机を探って、小さな箱を取り出す。
それは、風早が18歳のお祝いにとくれた指輪だった。
彼の髪と、千尋の瞳を映したかのような蒼い宝石がついた、銀の指輪。
とっても嬉しくて、傷がついたら嫌だからと、大切に大切に机の奥にしまっていた。
その指輪をそっと取り出し、指にはめる。
右手できらりと輝く様を見つめると、千尋は風早が消えた台所へと駆け出した。
「風早!」
「千尋? どうしたんですか、そんなに慌てて」
息を切らせて駆け寄ってきた千尋に、風早が洗う手を止め見つめる。
そんな風早の目の前に、ぐいっと右手を掲げた。
「私、風早も那岐もどちらも大切だからね!」
まっすぐに向けられた蒼の瞳に、千尋が先ほどの風早の行動の意に気づいての行動なのだと分かった。
「ありがとう。でも、指が違いますよ?」
「え?」
濡れた手をタオルで拭い千尋の手をとると、右手の人差し指に少し窮屈そうに飾られた指輪を外して左手にそっと通す。
そう……左手の薬指に。
「すみません。余計な気を使わせてしまいましたね」
微笑んで、千尋の左手に口づける。
“――今はまだ、これでいいですよ”
胸元に輝く翠の石と見比べながら、風早はそっと呟いた。