ゆびきり

風千2

「風……」
呼びかけようとして差し出しかけた手を、慌てて引っ込める。
金の髪に蒼の双眸をもつ二ノ姫は、異形の存在として人々から忌み嫌われていた。
生まれた時からずっと奇異の視線にさらされてきた二ノ姫は、なるべく人目を避けて、一人でいるようにしていた。
だから、自分付きの従者となった風早にも、こうして躊躇してしまうのである。

風早の背中を見つめてしばらく逡巡していたが、やがて小さくため息をつくと部屋の奥へと戻っていく。
そんな二ノ姫の様子に気づいていた風早は、自分から近寄ると膝をついてにこりと微笑んだ。

「どうしました? 何か俺にご用ですか?」

目線を合わせ、穏やかに微笑む風早に、二ノ姫は恥ずかしそうに俯きながら、手をもじもじと動かす。
今まで二ノ姫に笑顔を向けてくれたのは姉の一ノ姫だけだったので、いつも自分に穏やかに微笑みかけてくれる風早のことが不思議でならなかった。
風早の笑顔は、采女達の様な表面だけの作り笑顔ではなく、心から二ノ姫に微笑みかけてくれていたから。

「……風早は私のこと、怖くない、の?」
恐れられることが当然の環境だった二ノ姫には、風早が自分に微笑んでくれる理由が分からなかった。
そんな二ノ姫に、風早は瞳に優しい光を浮かべ答える。

「俺は怖くないですよ。姫の葦原を映したかのような金の御髪も、空のように澄んだ蒼の双眸も、とても綺麗だと思います」

「……でも。こんな色してるの、私だけだもん」

――異形だから、だからみんなに嫌われてる。
声に出来ない心の声がわかって、風早は心を痛める。

二ノ姫の相貌は神に愛されし愛し子の証であり、恐れるべきではないというのに、誤った伝承が彼女を逆の存在へと貶めていた。
まだ4歳の少女が、自分を恥じて人目を避ける様はひどく悲しかった。

「俺は好きですよ。姫の髪も瞳の色も」

向けられる声も瞳も優しくて、二ノ姫はますます戸惑ってしまう。
こんなふうに人から優しくされるのは初めてだったから。
喜びと戸惑いに揺れる幼い瞳に、風早はその手をそっと取る。
びくんと肩を震わす二ノ姫に、微笑みながらそっと小さな掌に木の実をのせる。
それはどんぐり。
先ほど所用で外出した時に、秋の訪れを二ノ姫に教えようと拾ってきたものだった。

「これ……なに?」
「どんぐりですよ」
「どんぐり?」
「秋になると木から落ちてくるんです」
「木から落ちてくるの?」
「ええ。今度見に行きましょうか?」

初めて見たどんぐりに興味津々な様子を見て、風早が微笑んで誘う。
だが、二ノ姫は顔を曇らせて首を振る。

「……行けない。外に出ちゃだめって、母さまに言われてるから」

消え入るようなか細い声が悲しみに沈む。
王家から出た異形の存在を恥じ、母である女王は二ノ姫が人目に触れることを禁じていた。
その為、二ノ姫は王宮の庭園にさえほとんど出たことがなく、外れのこの一室に軟禁されていた。

「じゃあ、俺がお願いしてみます。お許しが出たら、どんぐり拾いに行きましょうね」
いつものように諦めかけて、風早の言葉に驚き顔を上げる。

「ほんとう、に?」
「ええ」
穏やかな笑みを絶やさない風早に、二ノ姫は戸惑う。
心に灯るかすかな期待。
――期待しちゃだめ。
いつものように諦めようとするが、風早の瞳があまりにも優しくて、もしかしたら……という思いがわいてくる。
そんな二の姫の心情を察して、風早は小指を差し出した。
きょとんと見つめ返す二ノ姫に、風早が意味を伝える。

「“ゆびきり“と言って、小指と小指を絡めて約束するんです。さあ、姫も手を出して」
促され、おずおずと小指を出すと、風早の小指が絡められる。

「これで約束しました。嘘をつくと針を千本飲まなければなりませんから、絶対連れて行きますね」

にこりと微笑む風早に、二ノ姫は小指に伝わる温もりを感じていた。
初めて感じる他人の温もり。
それは生まれた時からずっと冷たい世界にいた二ノ姫の心を暖かくしてくれた。

「……うん」
風早ならきっと約束を守ってくれる。
不思議とそう信じられて、二ノ姫はそっと微笑んだ。
従者になって初めて見る笑顔に、風早も嬉しくなる。

「これからいっぱい覚えましょう。外は沢山のものが溢れていますから」
「教えてくれる?」
「ええ、もちろんです」
風早が頷くのを見て、二ノ姫の顔に明るい笑顔が浮かんだ。
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