新しい年がきて、私は五歳になった。
中つ国では、姫が五歳になると龍の声が聞こえるようになると言い伝えられていて、その年の収穫祭では『降龍の儀式』が行われることになった。
だけど、私は龍の声を聞いたことがない。
母様や姉様には聞こえる龍の声が、私にだけ聞こえない。
母様はそれでも聞こえると言いなさいと言うけれど、どうして嘘をつかなきゃいけないの?
ねえ、龍の神様。
どうして私の声には応えてくれないの?
私は……ダメな子なの?
* *
「――こんなところにいたんですね」
柔らかな声。
こんなふうに私に話しかけてくれるのは、姉様ともう一人だけ。
母様は、あの日から私を見てはくれなくなった。
宮の奥深くに閉じ込められて、だから私は采女達の話に毎日小さく縮まって震えていた。
「何かあったんですか?」
目線を合わせて優しく問う声に涙がこぼれる。
「鳥の声が聞こえて……可愛くて、傍で見たくて外に出たの」
そこに偶然、母様が通りかかった。
私の姿を見つけた母様は顔をしかめると、すぐに采女に私を部屋へ連れて行くように命じた。
奇異な髪と瞳の色を持つ異端の子。
龍の声が聞こえぬ愚鈍な娘。
そう思っているのだろう、母様の冷やかな目が胸に突き刺さった。
「こんな髪……大嫌い。瞳も……っ」
涙が溢れて止まらない。
せめて姉様と同じ髪の色をしていたら、母様も愛してくれたかもしれないのに。
「俺は好きですよ。光り輝く葦原のような御髪も、澄み渡る空のようなその瞳も」
愛しむように掌が髪を撫でる。
「俺は正直な姫が好きですよ。聞こえないものを聞こえないというのは、悪いことではないでしょう?」
優しく宥める声に、首を振る。
それじゃダメなの。
それじゃ誰も、愛してくれないから。
「俺の言葉は信じられませんか」
覗きこまれ、首を振る。
風早は今まで一度だって私を嫌いと言ったことはない。
皆が嫌うこの髪も、瞳も、大好きだと言ってくれた。
ただ一人、あるがままの私を受け入れてくれた。
「風早……っ」
手を伸ばすと、受け止めてくれるあたたかな腕。
それが嬉しくて、広い胸にすがる。
「もう泣かないで。姫の目がほおずきのように赤くなってしまう」
そうして優しく拭ってくれる指が心地よくて、冷え切った心が暖かくなる。
暗く冷たい橿原宮でも、風早がいてくれるから、私はこうして温まることができるの。
「大好き」
「俺も姫が大好きですよ」
想いを伝えて返る事が嬉しい。
愛しんでくれるのがとても嬉しい。
「ずっと傍にいてね」
風早の首にすがりつくと、暖かな腕が抱きしめてくれて。
強く願う。
ずっと、ずっと、傍にいて。
私に人の温もりを教えてくれたのはあなただから。
* *
「――千尋」
過去の思い出に微笑むと、そっと瞼を開く。
「すみません。約束を破って……」
自分にすがる幼き姿に謝ると、ぎゅっと胸を押さえた。
身体に滲みる黒龍の呪い。
それが降りかからないように、風早は愛しい少女の元を離れた。
誰よりも、何よりも大切な少女。
自分に愛を教えてくれた、かけがえのない少女。
「傍にいなくても、俺はずっとあなたを想っています。だから泣かないで……」
風に乗って聞こえる慟哭。
こぼれる涙に、だけどもうそれを自分が拭うことはできない。
「誰よりもあなたが幸せであることを願ってます」
声に想いを宿して。
遠く離れた少女に贈る。
幸せに―――君に笑顔が絶えないようにと願って。