嫉妬

アシュ千15

――かしゃんっ。
床に落ちた髪飾りを、千尋が慌てて拾う。
そうして壊れていないか確認すると、ほぉっと安堵の息を漏らした。

「良かった~、壊れてなくて」
「そんなに大事なものなのか?」
「これはね、風早がくれた大切な贈り物なの」
遠い過去を思い出すように、千尋が目を細める。

幼い頃、千尋は中つ国では異端とされる色彩を持つ容姿であったために、宮殿奥深くで軟禁されるように過ごしていた。
周りの者達からいつも白い目で見られ、こそこそと囁かれることが悲しくて、千尋は自分の金の髪も、蒼の瞳も大嫌いだった。
そんな千尋を風早は『綺麗だ』と言ってくれた。
金の髪は葦の原のよう、瞳は空を映したかのように澄んで美しい……と。
そんなふうに表現されたことなどなかったから、千尋は風早が不思議でならなかった。
どうして、誰からも嫌われている自分を褒めてくれるのか?
どうして、そんなふうに優しい笑みを向けてくれるのか?

「幼い頃、風早がこの髪飾りのような青の花で
冠を作ってくれたの。私の金の髪には青がとっても映えるって言ってくれて。だから、それからはずっと髪飾りは青の花なの」
「……………」

嬉しそうに語る千尋に、アシュヴィンが苛立ちを感じる。
辛い幼児期を支えてくれた風早に対し、千尋は肉親の情以上の強い想いを抱いていた。
それは恋愛感情ではないとわかっているのに、自分以外に千尋の気持ちを強く捉える者がいることに、どうしようもなく嫉妬してしまう。

「良かったな」
つい固くなった声に、千尋が驚き振り返る。

「アシュヴィン? どうしたの?」
「別に……なんでもない」
「なんでもないはずないでしょ?」
普段は鈍感なくせに、負の感情にだけは機微な千尋に、アシュヴィンは苦虫をつぶす。

「本当になんでもない。たんなる嫉妬だ」
「嫉妬?」
ため息交じりのアシュヴィンの言葉に、千尋が瞳を見開く。

「嫉妬って……風早に?」
「俺以外の男のことを、お前があまりにも嬉しそうに語るからな」

結婚当初、言葉不足ですれ違いを引き起こし千尋を悲しませたことから、なるべく言葉で伝えるようにしていたので、アシュヴィンは今の感情をありのまま千尋に見せる。
そんなアシュヴィンに、千尋は歩み寄り彼の頬を両手で包み込んだ。

「千尋?」
「風早からもらったこの髪飾りはもちろん大切だけど……でも私の一番大切なものはこれだよ」

告げて目の前に左手を掲げる。
薬指にはアシュヴィンが贈った銀の指輪。
それを愛しそうに右手で触れ微笑む千尋を見て、波立っていた心が落ち着きを取り戻す。

「きゃっ!」
突然腕を引っ張られ、千尋がアシュヴィンの胸に倒れこむ。

「俺の大切なものは千尋……お前だ」
「私もだよ」
視線を合わせて微笑むと、アシュヴィンと千尋はそっと唇を重ね合わせた。
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