「義姉様!」
「シャニ!」
ぴょこんと顔を出した姿に、千尋が顔をほころばす。
そこにいたのはアシュヴィンの弟・シャニだった。
「いつ根宮に来たの?」
「ついさっきだよ。出雲も落ち着いてるから、ちょっと常世の様子を見に来たんだ」
「お義父様とアシュヴィンには会ったの?」
「うん! 兄様ももう少ししたらこちらに来るはずだよ」
リブが入れてくれた香草茶を飲みながら、話を咲かせる。
「そういえばさ、昔、まだ義姉様が見つかってない頃、“中つ国の姿を消した姫をお嫁さんにする”っていう話を、兄様とリブとしたことがあったんだよ」
「そういえば、以前アシュヴィンが言ってたっけ」
シャニの言葉に、政略結婚の話が持ち出された時に、アシュヴィンが口にしたことを思い出す。
「僕は好きな人とちゃんと結婚したかったから、そんな政略結婚は嫌だって言ったんだ。
その時兄様は、“中つ国の姫は生きていない方が幸せだ”って言ってた」
「……………」
アシュヴィンがどんな思いでそれを口にしたのかが、千尋には分かった。
中つ国の叛徒を抑え、常世の国の名を上げるためだけの政略結婚。
それを強いられることが幸せなはずがない、そう考えたのだろう。
「あ、でも、義姉様と結婚して兄様はとても幸せそうだよ! だから、二人は政略結婚なんかじゃないから、安心してね!!」
「うん、ありがとう。シャニ」
シャニの言葉に微笑むと、後ろから伸びた腕に抱き寄せられる。
「アシュヴィン!」
「愛しい后に何を吹き込んでるんだ?」
「内緒の話だよね」
無邪気に微笑むシャニに、アシュヴィンが苦笑を漏らす。
実は少し前にこの場へやってきたアシュヴィンは、二人の話を陰から聞いていたのである。
「シャニ、父上がお呼びだぞ。お前、挨拶だけしてとっとと千尋のところに来たんだろう? 父上が拗ねてらしたぞ」
愛らしい末っ子は、前皇も目に入れても痛くないほど可愛がっていた。
「あは! じゃあ、また後でね、義姉様!!」
「うん」
シャニを手を振って見送ると、代わりに目の前に腰を下ろしたアシュヴィンに視線を移す。
「アシュヴィンは今でも私が……生きていなかった方がいいと思う?」
「そんなわけないだろう?」
しれっと返され、千尋が瞳を白黒させる。
「俺は滅んだ国の姫の末路を言っただけだ。俺とお前は政略結婚なんかじゃない。そうだろう?」
「うん」
それでも少し不安そうな顔をしている千尋に、アシュヴィンは立ち上がるとさっと抱えあげ、自分の膝の上へと座らせる。
「ア、アシュヴィン!?」
「俺はお前に惚れて妻乞いをした。その時点で政略結婚ではなくなったんだ。きっかけがなんであれ、俺達は愛し合い傍にいる。違うか?」
「……うん。そうだよね」
アシュヴィンの強い眼差しに、千尋の顔に笑顔が戻る。
「私はあなたと結婚できて幸せだよ」
「それは俺の台詞だ。お前と結婚したことはこの上ない幸せだ」
見つめ合うと、2人はそっと唇を重ねた。