久しぶりに中つ国を訪れたアシュヴィンは、千尋が湯殿にいると聞き、そのまままっすぐに湯殿へ向かった。
「久しぶりの再会だ。夫婦水入らずというのもいいだろう」
一ヶ月ぶりに千尋の肌に酔おうと、アシュヴィンはご機嫌で湯殿へ入る。
さっさと服を脱ぎ捨て入ると、湯気が立ち込める中に一人の人影。
「千尋……」
そっと近寄り抱き寄せると、その感触にアシュヴィンは“ん?”と眉をひそめた。
白く張りのある肌はどこかくすみ、美しい曲線は微妙にずれ。
違和感に愕然とするアシュヴィンに、千尋のものとは明らかに違う、年季の入った怜悧な声が響いた。
「……アシュヴィン殿。常世の皇とはいえ、女人にこのような振る舞い、あまりに無法というものではないでしょうか?」
「さ、狭井君っ!?」
千尋だと思っていたものは、なんと中つ国の宰相・狭井君で、アシュヴィンは思いっきり後ずさった。
そんなアシュヴィンに、湯まで凍りつかせそうな表情で狭井君が告げる。
「このような振る舞いをなされたからには、それ相応のものを頂けると思ってよろしいのでしょうね?」
有無を言わさぬ口調に、普段は負けることなどないアシュヴィンも反論できず。
「え? 常世の鉄の輸出量を二倍にしてくれる!?」
「ええ、王。来月のみではありますが、通常の倍の量を中つ国に納めてくれるそうですよ」
驚く千尋に、狭井君がにっこりと微笑んで告げる。
「でも、鉄は常世だけの特別な産物でしょ? いいの?」
「ま、まぁ、たまには妻の中つ国にも施してやってもいいだろうと思って、な」
信じられずに問う千尋に、アシュヴィンが複雑な表情で肯定する。
この後、アシュヴィンが中つ国で湯殿を使うときは、必ず千尋を伴うようになった。