大きな間違い

アシュ千12

久しぶりに中つ国を訪れたアシュヴィンは、千尋が湯殿にいると聞き、そのまままっすぐに湯殿へ向かった。

「久しぶりの再会だ。夫婦水入らずというのもいいだろう」
一ヶ月ぶりに千尋の肌に酔おうと、アシュヴィンはご機嫌で湯殿へ入る。
さっさと服を脱ぎ捨て入ると、湯気が立ち込める中に一人の人影。

「千尋……」

そっと近寄り抱き寄せると、その感触にアシュヴィンは“ん?”と眉をひそめた。
白く張りのある肌はどこかくすみ、美しい曲線は微妙にずれ。
違和感に愕然とするアシュヴィンに、千尋のものとは明らかに違う、年季の入った怜悧な声が響いた。

「……アシュヴィン殿。常世の皇とはいえ、女人にこのような振る舞い、あまりに無法というものではないでしょうか?」

「さ、狭井君っ!?」

千尋だと思っていたものは、なんと中つ国の宰相・狭井君で、アシュヴィンは思いっきり後ずさった。
そんなアシュヴィンに、湯まで凍りつかせそうな表情で狭井君が告げる。

「このような振る舞いをなされたからには、それ相応のものを頂けると思ってよろしいのでしょうね?」
有無を言わさぬ口調に、普段は負けることなどないアシュヴィンも反論できず。

「え? 常世の鉄の輸出量を二倍にしてくれる!?」

「ええ、王。来月のみではありますが、通常の倍の量を中つ国に納めてくれるそうですよ」

驚く千尋に、狭井君がにっこりと微笑んで告げる。

「でも、鉄は常世だけの特別な産物でしょ? いいの?」

「ま、まぁ、たまには妻の中つ国にも施してやってもいいだろうと思って、な」

信じられずに問う千尋に、アシュヴィンが複雑な表情で肯定する。
この後、アシュヴィンが中つ国で湯殿を使うときは、必ず千尋を伴うようになった。
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