桃の宴

大団円

「もう春なんだね」
執務室から窓の方を見ていた千尋が、ポツリと呟く。
この間までは梅が咲き乱れていたのが、今は桃色の蕾が花開いていた。

「そうですね。桜が咲いた頃に花見でもしようかと思っていましたが、桃の宴でも良いかもしれませんね」

「桃の宴って、向こうの桃の節句のことだよね? なら雛人形も欲しいな。みんなにも教えてあげたいし」

「では、人形は俺が用意しますよ」

「じゃあ、私はカリガネと料理の相談をするね。雛あられも作れるかな?」

「お米から作れるんじゃないですか?」

「カリガネなら何でも作れそうだよね! じゃあ、早く仕事終わらせて相談しに行かなきゃ!」

嬉しそうに微笑んで、机に詰まれた書簡に目を通す千尋に、風早も手に持っていた書簡を片付けていく。
そうして2人で準備を重ね、花の宴当日――。

「よう~姫さん!」

「サザキ! 久しぶりだね」

「陛下、今日は素敵な宴にお誘い頂き、ありがとうございます」

「美しい花を愛でながら宴とは、素晴らしいですね」

「ありがとう、布都彦、道臣さん」

『神子……これはなんだ?』

ちょこんと飾られた雛人形を指差す遠夜に、千尋がにっこり微笑む。

「これは雛人形っていって、桃の宴の時に飾るものなの」
「これ、風早の手作りだろ?」
異世界に逃れていた頃に見た覚えのある人形に、那岐が長身の元同居人を見た。

「ええ、そうですよ。千尋に頼まれて作ってみました」
「雛あられまでよく用意出来たね」
「カリガネに手伝ってもらったの」

1つずつ小分けにされた袋を手渡しながら、千尋は嬉しそうに微笑む。

「雛あられ?」

「この宴の特別なお菓子なんです。忍人さんでも食べれるように、かなり甘みを抑えたから大丈夫だと思うんですけど」

「君が作ったのか?」

「はい、カリガネにも手伝ってもらいましたけどね」

「君は……」

呆れたようにため息をつく忍人に、風早が白酒を差し出した。

「今日は大目に見てあげてください。この宴は女の子のためのもの、つまり千尋のお祝いでもあるんですよ」

「陛下の御世を願ってならば、心してお祝いせねばなりませんね」

「たんなる花見だろ?」

背筋を正す生真面目な布都彦を、那岐がけだるげに揶揄する。
そんな2人の様子に懐かしい風景が蘇り、千尋はふふっと笑みをこぼした。

「どうしたんですか?」

「ん、なんだか懐かしいな~って思って。前にシャニに会いに行った時も、那岐と布都彦が同じようなやり取りしてたな、って思い出しちゃった」

「そういえばそんなこともありましたね」

嬉しそうな千尋に、風早も瞳を和らげる。

「やっぱりこうして皆といるのがいいな」
「陛下……」
「そのためには早く良い治世を築かなきゃね!」
微笑む千尋が暖かく、その場の者達からも笑みがこぼれる。

「陛下ならきっと出来ます」

「肩肘張らないで気楽にやんなよ……」

「おう! 困った時にはいつでも駆けつけてやるから、俺様を呼べよ!」

「国を起てるは容易ではない。だが、君ならやり遂げられるだろう」

「私も及ばずながら、頑張りたいと思います」

『神子……』

皆がそれぞれ励ましの言葉をかける中で、凛とした強い声が響き渡る。

「おい、俺には誘いはないのか? ずいぶんと薄情だな」

「アシュヴィン! どうして中つ国に?」

「面白いことをやっているというんで見に来たのさ。ほら、差し入れだ」

「うひょ~! 酒じゃねーか! さすがは常世の皇だぜ!」

アシュヴィンから大量の酒を受け取ると、サザキが早速皆に配り始める。

「アシュヴィンは復興に忙しくて無理かなと思ったの。ごめんなさい」

「お前に会うためなら、いくらでも時間など作るぞ?」

「さりげなく千尋を口説かないで下さい、アシュヴィン」

顎に手を当て口の端をあげるアシュヴィンに、風早が苦笑を漏らす。

「じゃあ、今日は久しぶりにみんなで楽しく過ごしましょう!」
嬉しそうに笑う千尋に、皆が杯を掲げて宴を祝す。
いつまでもこの笑顔が失われないようにと――。
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