風邪

同門

「風邪?」
眉間のしわを深くした忍人の視線の先には、頬を上気して横たわる千尋の姿。

「この世界へやってきてから、ずっと動きっぱなしですからね。疲れが出たんでしょう」
いたわるように千尋の額の布を変える風早に、忍人が柳眉を寄せた。

「全く……将は厳しく自己を管理しなければならないと、いつも言っているだろう」

「……ごめんなさい」

「忍人、君は伏せる我が君に小言を言いにきたのですか?」

「……病の時は食欲がないだろうと思って持ってきた。後で食べるといい」

「ありがとうございます」

差し出された果物に千尋が弱々しく微笑むと、忍人は踵を返して出て行った。

「後ですりおろして食べましょうか。何か飲みますか?」

「……ううん。今は何もいらない」

「では、少し眠ってください。病には休養が一番です」

「うん。ごめんね、風早、柊。こんな時に熱なんか出しちゃって……」

「千尋は頑張りすぎなんですよ。たまには休養も必要です。何も考えずに、ゆっくり眠るんですよ」

「他の者たちも皆、我が君の身を案じておりました。一日も早く花の顔をお見せください。それでは、ゆっくりとお休みください」

気遣う風早と柊の言葉に、千尋は微笑むと瞳を閉じた。

豊葦原にやってきてから3ヶ月。
自分がこの世界の姫であったこと、中つ国が常世の脅威に脅かされていることを知り、風早や那岐と共に中つ国復建を目指して頑張ってきた。
その途中で、柊やサザキ・忍人など新しい仲間も加わり、より復建への道が拓けたところでの今回の発熱。

「みんなに迷惑かけちゃったな……」

火照り鉛のように重い身体は思うように動かず、千尋は諦めて瞳を閉じた。
そうしてしばらくうとうとと眠っていた千尋の額に、ひんやりとした感触が触れた。

「……風早?」
思い浮かんだ人の名前を呟くと、困った気配が伝わってくる。

(風早じゃない……?)
目を凝らして確認しようとするが、まぶたは重く、視界がぼやけて誰だか分からない。

(誰だろう? でも……気持ちいい)
冷たい掌が、熱に浮かされた千尋には心地良かった。
すうっとまた意識が眠りへと沈んでいくのを見ると、柊は優しく目を細めた。

「つかの間の休息……せめて今一時だけは、我が君に優しい夢を……」
相変わらず熱が高く、呼吸が荒い千尋の額に張りついた髪を払い、氷水で冷やした布をあてる。

「……入ってきたらどうですか? あなたも心配して見に来たのでしょう? 忍人」
扉の向こうに話しかけると、一瞬ためらうような間があって、忍人が入ってきた。

「……まだ二の姫の熱は下がらないのか?」
「ええ、今まで相当無理をなされてましたからね。身体からの救急信号なのでしょう」
「……」
ベッドに横たわり、頬を赤く染めて荒い呼吸を繰り返す様は、普段毅然と皆を導いている千尋とは異なっていた。

「こんなにか弱い我が君に、重責を押しつけるのは心苦しいですね」

「……だが、彼女がいなければ中つ国は復建出来ない」

柊の言葉に正論を返すが、忍人も改めて千尋の華奢な身体を見て、罪悪感のようなものが胸に沸き起こっていた。

「早くこの苦しみから解放して差し上げたいですね……」

柊に無言で同意すると、忍人はそっと千尋の額の布を返して、部屋を後にする。
そんな忍人の不器用な優しさに、柊は口元をほころばせると、そっと千尋の頬を撫でてから部屋を後にした。
二人と入れ違いにやってきた風早は、眠る千尋に微笑むと、青白い光に包まれた掌で、そっと千尋の髪を撫でた。

「千尋は皆に愛されてますね。早く良くなって下さい」
風早の呟きに、千尋はかすかに微笑を浮かべた。
Index Menu ←Back Next→