「すごい……」
サザキに抱きかかえられ、空を飛んでいた千尋は、眼下の景色に感嘆の息を漏らした。
「姫さんならいつだって一緒に飛んでやるよ」
「ありがとう、サザキ」
にっと笑うサザキにお礼を述べると、背中にまわされた手に力が入る。
あの戦いの後、迎えにやって来たサザキの手を取って数ヶ月。
陽気な日向の一族と共に暮らす毎日は楽しく、千尋はいつも笑顔に包まれていた。
今日もいつものようにサザキに抱きかかえられ、空を飛んだ千尋は、ゆっくりと地上に足を下ろした。
「そういえば前に、女の人しか抱えて飛ばないって言ってたよね。どうして女の人だけなの?」
「……っ、そんなの、男同士で抱き合うなんざ気持ち悪いからに決まってるだろ」
「そうなの?」
千尋の無垢な問いに一瞬口ごもりながら答えるサザキ。
そう、男を抱きかかえて飛ぶなんてとんでもない。
抱きかかえられるなんざ、さらに考えたくもない。
どんな理由があっても二度としたくない。
昔の出来事を思い出して顔をしかめると、冷ややかな声が後ろから聞こえた。
「前にドジを踏んで抱きかかえられて飛んだことがあったからだ」
「あ~~! お前、あの時のことは誰にも言うなって言っただろうが!!」
「俺は了承した覚えはない」
「だああ~! なんて友達甲斐のない奴だ!」
淡々と告げるカリガネに、ガリガリと頭をかきむしるサザキ。
「その話、詳しく聞いてもいい?」
「う……っ。そ、それは姫さんのお願いでもちょっと……」
「サザキが無謀な策で一人突進して捕まった。それだけだ」
「おま…っ!」
「そうなの?でも、それでどうして女の人限定になるの?」
「…………っ」
疑問符を頭に浮かべて問う千尋に、サザキはがくりと肩を下ろすと、恨めしげな視線をカリガネに向けつつ口を開いた。
「……気づいたらこいつに抱きかかえられながら飛んでたんだよ。あれは俺の人生最大の失態だ」
「他にもあると思うが」
「だあああああ! うっせえ!!」
カリガネに支えながら飛んだことがどうしてそんなに嫌なのか千尋にはわからない。
けれど空を飛べる日向の一族にとってはそういうものなのかもしれないと、それ以上は追及するのをやめた。
「だったら、私はいいんだよね?」
「姫さんならいくらだって飛んでやるぜ!
……千尋は俺の嫁さんだからな」
「…………っ」
向けられた優しい笑みは千尋だけに向けられるもので、かあっと頬が熱くなる。
それでも、それは決して不快なものじゃないから。
「ありがとう、サザキ」
笑みを向ければ、サザキの顔も赤らんで。
照れあう二人に、カリガネはいつの間にか姿を消していた。