その恵みを永久に

大団円2

視察に訪れていた千尋は、棚田を覆う穂波の輝きに笑みを浮かべた。
禍日神を倒し、平穏を手に入れてから半年あまり。
王となった千尋は、毎日忙しく政務に追われていた。
そうした中で、こうして視察として邑々を訪れることは、民の生活を実際に目にする良い機会だった。

「今年は稲穂の実りもいいみたいだね」
「ええ。ブドウももうすぐ収穫するようです」
活気に溢れた村人たちの様子に、千尋は笑顔で風早を見上げた。

「皆、どうしてるかな……」

雄大に広がる空を見上げ呟く。
戦いが終わり、仲間はそれぞれの地へ帰っていった。
今、傍にいるのは姫付きの従者だった風早と、将軍である忍人、そして部隊長を任された布都彦。
那岐は堅苦しい場所は嫌いだと、遠夜と近隣の森で過ごしていた。

「会いたいな……」
思わずもれた呟きに風早は目を瞠ると、ふっと柔らかく微笑んだ。

「久し振りに宴でも開きましょうか」
「え?」
「那岐や遠夜、サザキも呼んで。ああ、アシュヴィンにも声をかけなきゃいけませんね」
突然の提案に戸惑っている千尋を他所に、風早はどんどんと企画する。

「では常世と阿蘇に使いを出しましょう。料理の段取りをカリガネとしなくてはいけませんね。ああ、あとリブにもお茶係をお願いしなくては」

「あの、風早?」

「宴の進行はサザキに任せれば大丈夫でしょう。後は日取りと政務の暇をどうするか……」

そうして笑むと、千尋に手を差し出す。

「さあ、戻りましょうか。狭井君の許可を得ないといけませんからね」
「取れるかなぁ……」
「大丈夫ですよ。師君にも協力願いますから」
笑顔の風早に、千尋の顔にも笑みが浮かぶ。

「うん。ありがとう」
「千尋の笑顔が俺の喜びですから」
いつものようにさらっと恥ずかしいことを言ってのける風早に頬を染めながら、久々の仲間との再会に心躍らせた。

そうして迎えた宴の日。
『神に実りを感謝する』と祭事をでっち上げて狭井君の了承を得、やってきた千尋はそこに集う面々に顔をほころばせた。

「お~姫さん! 立派になったなあ」
「こういう時は綺麗になったというんだろ。気の利かん奴だ」
「なんだと!?」
「……やかましい」
相変わらずの遣り取りに、懐かしさがこみ上げる。

「どうぞ」

「ありがとう。いい香りね」

「や、喜んで頂けてよかった。新しく手に入れた茶葉なんですよ」

「……食べるか」

「もしかしてカリガネの新作?」

「……ああ。……葡萄餅だ」

「お前、今考えただろ?」

カリガネのかすかな間に、すかさずサザキが突っ込む。
千尋の前には、たくさんの食べ物。
遠夜と那岐が果物を、アシュヴィンとサザキが酒を。
風早とカリガネの料理に、岩長姫の特製猪鍋まで並んでいた。

「柊もいたら良かったのにな……」
即位の日から姿を消した柊を思い出していると、不意に紅葉が落ちてきた。

「紅葉?」
「麗しい姫のお姿に、葉も赤く染まったのでしょう。いや、今は陛下でしたね」
「……柊!?」
懐かしい甘言に振り返ると、そこには今思い浮かべていた男の姿。

「本当に柊なの?」
「おや? 私をお忘れとは寂しいですね」
「柊……! お前、今までどこにいた?」
詰問する忍人の顔にも、わずかに喜びが浮かんでいた。

「今日は収穫を祝っての宴ですか?」
「おう! 今日は無礼講だ!」

柊の問いにサザキがおらっと酒を差し出す。
風早、アシュヴィン、サザキ、那岐、布都彦、柊、遠夜、忍人。
岩長姫、リブ、カリガネ。
共に旅した仲間が揃ったことに、千尋の顔に笑みが広がる。

「ふふっ、楽しいね」
「お? 姫さんも盛り上がってきたな。それじゃここで俺が自慢の話をひとつ……」
「うるさい」
場を盛り上げようと立ち上がったサザキを、那岐が一刀両断する。

黄金の穂波に響く、仲間たちの明るい声。
そのことが嬉しくて――幸せで。
千尋は眦に浮かんだ涙をそっと拭うと、青く澄んだ空を見上げた。
恵み深きこの豊葦原の大地に、永久なる幸せを願って――。
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