偵察も兼ねて空を飛んでいたサザキは、千尋の姿を見つけて堅庭に降り立った。
「よう、姫さん」
「サザキ! おかえりなさい。偵察に行ってたの?」
「ああ。ま、趣味もかねてだけどな」
翼をたたむと、くすりと微笑む千尋の隣りに腰かける。
「いいなー。私もサザキみたいに空が飛べたらよかったな」
「なんだ? 空を飛びたいのか?姫さんならいつでも抱きかかえて飛んでやるぜ」
「ふふ、ありがとう」
と、不意に吹いた風に千尋がふるりと肩を震わせた。
「寒いのか?」
「ううん、大丈夫。大分風が冷たくなってきたよね」
寒そうに身体を縮めながら首を振る千尋に、翼を広げて風から守る。
「ありがとう、サザキ」
「これぐらい、礼にも及ばねえって」
優しく見つめるサザキに、千尋はそっとその翼に触れた。
「サザキの翼ってふわふわで気持ちいいのね」
「そりゃ~なんてったって自慢の羽根だからな」
得意げに顎をしゃくったサザキは、ふと寄りかかった千尋を覗き込んだ。
「姫さん?」
「ふわふわであったかくて……いい……気持ち……」
「姫さん? ……って、寝てる!?」
聞こえてきたのは規則正しい寝息。
「かー! 寝ちまったのか!?」
翼に寄りかかりながら気持ちよさそうに眠る千尋に、サザキは困ったように頬を掻く。
とりあえずこのままってわけにはいかねえよな、と華奢な身体を落とさないようにと気をつけながら、腕に抱きかかえた。
「う……ん……」
ぬくもりを求めるようにすり寄る仕草に、どくんと鼓動が跳ね上がる。
焦って引き剥がすが、離れた体温が寂しくて、すぐに抱き寄せ直すと、無邪気に眠る千尋を見つめた。
「可愛い寝顔だな……。姫さん、こんなに睫毛長かったんだな。唇も艶々で柔らかそうで……」
不意にこみ上げてきた愛しさに導かれるように顔を寄せた瞬間、耳なれた声が割って入ってきた。
「眠ってしまったようですね」
「うわあっ! か、風早っ? おまっ……いつの間に……っ!」
「すみません。千尋がご迷惑をおかけしたようで。……ほら、こんなところで寝ては風邪をひいてしまいますよ?」
「う、ん……」
抱き上げても少し身じろいだだけで再び眠ってしまった千尋に、風早が苦笑する。
「千尋は俺が部屋に連れて行きますね」
「あ、ああ」
ぎこちなく返事を返すと、悠々と千尋を抱きかかえた風早の姿を見送る。
ふと漂う甘い香り。
それは翼に残った千尋の残り香で。
「気持ちよかったよな~……」
思い出される暖かくて柔らかい感触。
に、ぼんやりと呟いて、ハッと慌てて手で口を塞ぐ。
ばくばくと高鳴る鼓動に焦りながら辺りを見回して、誰もいないことにホッと肩をおろした。
「まずい。これはまずいぞ」
思いがけず値打ちもんの宝を手にした時の、あの胸の高鳴りに似たこの想い。
とんでもないものに手ぇ出しちまったと、今更ながらに焦る。
だけど、腕の中で眠る千尋がどうにも愛しくて。
そのままどこかに攫ってしまいたいと、そう思う自分にワタワタと暴れる。
「かー! 布都彦じゃあるまいし、何を焦ってやがるんだ。海賊サザキ様の名が泣くぜ!」
がしがし髪を掻いて一人叫ぶが、胸に宿る想いは誤魔化せず。
深々とため息をつくと、ごろりとその場に横たわった。
* *
「ああ、サザキ。ここにいたんですね」
「おう。あんたが俺に用なんて珍しいな………ってなんだ? その袋」
「千尋が寒そうなので羽毛布団を用意しようと思って」
「それでどうして俺の所に来るんだよっ!」
「姫に尽くす、でしたよね? 千尋に風邪をひかせないために協力してください」
「ちょーっと待てっ! 布団作るほどむしったら羽根がなくなっちまうだろ! ……って目が笑ってねぇぞ!」
笑顔でにじり寄る風早に、天鳥船にサザキの悲鳴が響き渡った。