波乱の恋人たち

知望9

「ありがとうございました」
「元気でな」
将臣と譲が共に戦ってきた仲間達にそう言って別れを告げた時、彼らの幼馴染で白龍の神子である少女がとんでもないことを言い放った。

「あ、私も向こうに行ってくるね」
「……は?」
「先輩!?」
驚いたのは有川兄弟だけではない。
今まさに、白龍によって開いた時空の狭間に身を乗り出そうとしていた八葉や朔も、望美の発言にその場で固まった。

「向こうに……って、あなた自分の世界に戻りたかったんじゃないの?」
呆けている男連中の中で、一瞬早く我に返った朔が望美を問いただす。

「そうなんだけど……迎えに行かないと怖い奴がいて」
「怖い奴って……まさか男かい?」
「僕ら……というわけではないようですね」

即座に反応した朱雀の2人組に、他の面々も一様に慌てだす。
神子である望美に各々想いを寄せていた八葉たち。
そんな彼らの大切な神子姫が、自分たち以外の男のことを口にしたのである。
ショックを受ける八葉の中で、将臣はまさかと思いつつもある男の名をあげた。

「まさか知盛……じゃねーだろうな?」
思いがけない人物に周囲が驚く中で、望美があっさりと頷く。

「うん、そうだよ」
「知盛って……あの平家の将か!?」
「どうして望美が平家の将を知ってるの?」
目を見開いて驚く九郎と朔に、将臣は和議の朝の出来事を思い出していた。

知盛を探していたら、何故か奴と一緒にいた望美。
しかも2人の間には何やら通じあうような空気が漂っていて、将臣は驚き2人を見比べた。
だが和議の時間が間近に迫っていたために問いただすことも出来ず、そのまま急遽こちらの世界に戻ることになり、すっかり聞くのを忘れていたのである。

「お前、いつ知盛と知り合ったんだ? そんな機会、なかったはずだぜ?」

そう……あの和議がなされた日に、本来ならば源氏と平家と異なった側にいるべき2人が、あの日の朝なぜか共にいたのである。
将臣の質問に “時空を超えて” とは言いづらく、望美は曖昧に言葉を濁す。

「えっと……和議の前日、かな?」
「なんでお前が平家側に来てたんだよ?」
「えっとえっと、知盛に会うため……?」
要領を得ない説明に、将臣が深いため息を漏らす。

「なんだかさっぱりわかんねーな。そもそももう一度あの世界に行って、またこっちに戻れる保証なんてないんだぜ?」

「う、うん。だけど、このままこっちにいても、夢の中でさえ殺されそうだし……」

“殺される” などとはずいぶん物騒な言葉だったが、あながち嘘ともいえなかった。
なんせ無意識に望美が龍神の力を使ったのかもしれないが、一夜だけとはいえ知盛がこちらの世界にきたことがあるのだ。

「ねぇ白龍? また私の世界に戻ってくるのは、やっぱり無理?」
彼女を溺愛している龍神に問えば、柔らかな笑顔が返る。

「五行は満ちてるから、皆を連れてすぐには無理だけど、あなたを再びこの世界に戻すことは可能だよ」
「良かった! じゃあ問題ないね」
「――何言ってるんですか!」
望美の衝撃発言で石となっていた譲が、ようやく我に返って反論する。

「いくら白龍が了承したとしても、なんでもう一度あちらの世界に行かなきゃいけないんですか!?」

「だから、それは知盛が……」

「だから! どうして先輩が敵将のことをそんなに気にかけるんです!!」

本気で怒っている譲に、困ってしまう。
自分の勝手な願いで時空を超え、運命を歪めてきた望美にとっては知盛は初めて会う人間ではなく、いつの間にか心惹かれてしまった男だった。
だけど和議を持ちかける際に時空を超えていた事実を話したとはいえ、全てを打ち明けるわけにもいかず困ったように譲を見つめた。
そんな望美に昔から弱い譲はそれ以上追及できず、もやもやした想いを兄にぶつける。

「兄さん……一体どういうことなんですか?
いつから先輩は平家に出入りしてたんですか? まさか兄さんが……っ」

「俺が知るかよ! ……っていうか、俺に八つ当たりするな!!」

譲の怒りの矛先が自分に向き、慌てた将臣がため息混じりに望美を見る。

「とにかくお前は知盛に会うために、あっちに行こうってんだな?」
「うん」
「先輩!」
「じゃあ、俺も行く」
「兄さん!?」
「将臣くん?」
思いがけない提案に、望美と譲が驚いたように将臣を見つめる。

「一応和議が成ったとはいえ、まだまだ源氏と平家が和解するには時間が必要だろう? 源氏の神子だったお前がひょいひょい行ったところで、平家に睨まれるだけだぜ?」

「あ、そっか」

そんなことなど全く考えていなかった望美は、上目遣いに将臣を見る。

「でもいいの? ようやく帰ってこれたのに……」

「お前一人あっちにやる方が気が気じゃねぇんだよ。それぐらいなら一緒に行く方がましだ」

こうして将臣と譲・望美の三人は、再び異世界の京へと旅立つことになったのである。

 →2に続く
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