波乱の恋人たち-2-

知望9

時空の狭間を潜り抜け、再び異世界へと降り立った望美は、全員揃っていることを確認してホッと息をついた。

「良かった……無事戻ってこれたみたいだね」
「しかも俺たちが行った時からほとんど時間がたってないみたいだぜ?」
辺りを見渡した将臣に、経正の声が届く。

「還内府殿!」
「よお」
「もうお戻りいただけないかと思っていました」
「九郎……あれはどうした?」
喜びに沸く平家を一蹴する冷ややかな頼朝の声に、九郎は身を引き締め、兄に向き直った。

「政子様……茶吉尼天はもうおりません」
「……そうか」
簡潔な返答に事の顛末を悟った頼朝は、そのまま沈黙した。

「わ、和議は……?」
「成立したよな?」
事の成り行きにおどおどと口を開いた公家に、将臣が頼朝を見つめながらはっきりと言い切る。

「とんだ邪魔が入ったが、棟梁同士の合意で和議は正式に執り行われた。そうですよね?」

後白河法皇を仰ぐ将臣に、呆然としていた法皇が慌てて頷いた。

「うむ。確かに源氏・平家双方の棟梁の署名により、和議はなされた。思わぬ番劇が入ったがな」

ちらりと視線を送る法皇に、頼朝は沈黙を守る。

「長年の禍根はこれをもってなきものとする。よいな?」
「……法皇の仰せならば仕方あるまい」

念を押され、頼朝が重い口を開き同意を示した。
平家の棟梁・清盛は、政子にとりついていた茶吉尼天に喰われ失ってしまったが、皆の、そして望美の悲願であった和議は、こうしてなされたのだった。
ほっと安堵のため息をついた望美は、突然腕を引かれ後ろに倒れこんだ。

「待ってたぜ? 源氏の神子……」
「と、知盛!」
抱きしめられての耳元の囁きに、望美は頬を赤らめ振り返る。

「あれだけ情熱的に求めておきながら捨て置くなど、ずいぶん薄情な女だ……」

「ちょ……っ誤解を招くようなこと言わないでよ! それに緊急事態だったからで、別に捨て置いたつもりなんか…」
「俺が会いに行くまで、すっかり忘れていたようだったが……?」


「う……」

知盛の指摘に、望美が言葉に詰まる。
確かに鎌倉の異変に気を取られ、こちらの世界に置いてきた知盛をほんの少し忘れていたのだ。

「俺を待たせた償いは、その身で贖ってもらおう……」
「身体で返せってこと……っ!?」
「な……っ!」
二人のやり取りに、真っ赤な顔で譲が割って入る。

「先輩に手は出させないっ!」
「譲くん?」
「ほお……俺の邪魔をしようというのか?」
睨みあう譲と知盛に、将臣がため息交じりに仲裁する。

「知盛よせ。譲も……法皇の御前だぞ?」
「……っ!」
「ち……っ」
渋々引く二人に、望美はホッと胸を下ろした。

* *

無事和議が成り、頼朝に従い大倉御所へと行った景時・九郎・弁慶以外の者たちは、とりあえずはと京邸に身を寄せた。

「良かった~」
屋敷に着いて、ようやく人心地ついた望美は、朔が入れてくれた茶を飲み、はぁ~と安堵の息を吐いた。

「あなたのおかげね。ありがとう、望美」
「私だけじゃないよ。皆が信じてくれたから和議は成ったんだもん」

望美の世界へ渡った茶吉尼天を追って、遥か時空を超えて助けに来てくれた仲間たちに、望美が笑顔を返す。

「姫君の世界も堪能させてもらったしね」
「皆がこうして無事に帰れて本当に良かったよ」
「しかし、神子もこちらに戻ってきてしまったが……」
敦盛の言葉に、譲も困ったように眉を下げる。

「そうだよね……ごめんね、譲くんまで付き合わせちゃって」

「いえ、俺のことはいいんです。それよりも……」

「あ~……知盛だよね」

譲が濁した言葉尻を捉え、望美が苦笑いを浮かべる。

平家の武将・平知盛。
幾度となく巡った時空の中で、必ず彼は死していた。
そんな運命を変えたくて、必死にあがいた望美。
そうしてようやく彼の生き残る運命を見出したのは、源氏と平家の和議がなる前夜だった。

目の前にいるのは、自分の存在などまるで知らない知盛。
それでも。 たとえ自分が知っている知盛ではなくても、彼が生きていてくれるのならいいと、実際顔をあわせるまでは思っていた。
しかし、その想いはあっさり覆された。
自分の存在を彼に刻みたい。
たとえそれが、想い通わせあう恋人ではなく、剣で斬り合うものであっても。
その思いに突き動かされ、望美は知盛と夜が明けるまで剣をぶつけ合った。
鍛錬などでなく、互いの命を懸けて。

「……どうしてあんな奴に惚れちゃったのかなぁ」
「ほぉ……?」
思わず漏れた呟きに、予想外の声が返る。
驚き顔を上げた望美の前にいたのは、今思い描いていた知盛だった。

 →3に続く
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