波乱の恋人たち-3-

知望9

「と、知盛っ!?」
驚き仰け反る望美に、辺りが一瞬にして気色ばる。
そんな空気を一掃するように、将臣の明るい声が部屋に響きわたった。

「邪魔するぜ」
「将臣くん」
知盛の後ろから姿を見せた将臣に、望美が瞳を瞬く。

「こっちに来て大丈夫なの?」
「さすがに今までずっと争っていたからな。門の武士には警戒されたけど、まぁ和議は無事成ったんだ」

この世界ではずっと争っていた源氏と平家。
だが茶吉尼天を追って望美達の世界に行ったことで、八葉の間では源氏と平家の垣を超えた仲間の絆が生まれていた。

「だがどうして知盛殿もこちらに……?」
「おいおい、こいつがこっちに戻った理由を忘れたのか?」

戸惑い問う敦盛に、将臣が呆れたように見返した。
そう――自分の世界に戻れたというのに、望美や将臣たちが再びこの世界にやってきたのは、知盛に会いたいという望美の願いゆえだった。

「行こうか、神子殿」
差し出された手に、望美が躊躇い目を泳がす。
しかし望美がその手を取る前に知盛に掴まれてしまい、そのまま引きずられるように部屋を移動させられた。

* *

梶原邸の客間へと連れてこられた望美は、何を話して言いか分からず沈黙していた。
知盛に会いたくて戻ってきたというのに、いざ彼を目の前にしたら、何を言えばいいのか分からなくなってしまったのである。

「――いつまで黙っているつもりだ?」

投げかけられた言葉に、望美がぴくんと肩を震わす。
空気を震わす低い声。
胸を揺さぶるその声に、望美は引き寄せられるように知盛を見つめた。

「知盛……だよね」
望美の問いかけに、知盛が胡散臭げに望美を見る。

「知盛はそうじゃないだろうけど、私にとっては久しぶりだから」

望美が茶吉尼天を追ってあの世界に行っていた時間は、こちらの世界では瞬き程度のものでしかなく、知盛にとってはほんの数時間前まで切り合い、言葉を交わした相手だった。
しかし望美にとっては、半月ほどの時を会っていなかったのである。

触れたい。
でも触れてもいいのかと躊躇っていると、不意に腕を引かれ知盛に抱き寄せられた。

「こうしたかったのだろう……?」
耳元での低音の響きに、びくっと肩を震わす。

「お前があの場から消えて数刻とたっていないはずなのに、新しい記憶が俺の中に刻まれた……」
「新しい記憶?」
知盛の言葉に、望美が不思議そうに彼を見る。

「見知らぬ場所で、見知らぬ衣を纏ってお前を抱いた記憶……だ」

にやりと口の端をつりあげる知盛に、望美の頬がぱぁっと赤くなる。

「……やっぱりあれは知盛だったんだ」
「違う者だと思って抱かれていたのか……?」

知盛の瞳がぎらりと光るのを見て、望美は慌てて首を振った。

「知盛だって思ってたよ! でも急に現れるから……っ!」

京にいるはずの知盛との突然の逢瀬に、望美が戸惑うのは当然だった。

「あんなにも激しく求めておきながら、俺かと疑っているとは……神子殿は男心を惑わせるのがお上手らしい」

「だから、違うって言ってるでしょ?」

知盛の意地悪い言い方に、望美が頬を膨らませる。
知盛だと分かっていたからこそ、あの時身を委ねたのだから。
すっかりへそを曲げた望美に、知盛は楽しげにクックと笑うと、ぐいっと自分の方へと引き寄せた。

「な……っ」
「そうつれなくするな……俺に会いに戻ったのだろう?」

楽しげな知盛に、望美は言葉を詰まらせる。
確かに望美が京へと戻ったのは、知盛に会うためだった。

「まさか別れを告げるために、わざわざ戻ったわけではあるまい?」
「……違うよ」

知盛の言葉を否定して向き直る。
望美がこの世界に戻ってきたのは知盛のため。
知盛を手に入れるためだった。

 →4に続く
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