波乱の恋人たち-4-

知望9

「私があの時言ったこと……覚えてる?」
望美の問いかけに、知盛は皮肉げに口元を歪めた。

「当然だ……お前が望んだのだろう? 俺が欲しい、と」
「うん……」
知盛の言葉に、望美はまっすぐに深紫の瞳を見つめた。
望美はずっと知盛を求めていた。
知盛が生きている運命を。

どの運命でも必ず望美の手をすり抜け、一人死んでいった知盛。
容赦なく切り込み、命を奪わんと対峙した知盛に、望美は必死になって向かっていった。
望美には知盛に殺されるわけにはいかなかったのだ。

「始めはね……なんて酷い奴なんだって思ったの」

望美の突然の告白に、しかし知盛は黙って聞く。
知盛と初めて会ったのは、燃えさかる京。
何も分からず、言われるがままにただ神子として同行しているだけだった望美は、剣を向けられ戸惑っていた。
どうして自分はこんなふうに剣を手にしているのか。
どうして仲間が死ななければならなかったのか。
そんな望美に、知盛は面白くなさそうに剣を収めると、背を向け去っていった。
それは剣を合わせる価値もないと、彼に見限られた瞬間だった。

一人時空を超えることで業火の中から生き延びた望美は、初めて自ら時空を超えることを望んだ。
皆が生きている運命をと願って。
そうして何度と時空を超えるたび、死していく知盛に心が揺れるようになった。
虫けらのように仲間を殺したといいのけた知盛を、あんなにも憎んでいたというのに。

「あなたはいつも私の手を振り払って死んでいった……どんなに手を伸ばしても、私の手を掴んではくれなかった」

目の前にいる知盛には分からない出来事。
それでも、望美は言葉を止めることは出来なかった。

「どうしても生きて欲しくて、何度も何度も時空を巡ったの」

そしてようやく手に入れたのは、和議の前夜。
一目生きている姿を見れたらと、そう思って平家の陣へと忍び込んだ。
しかし知盛の姿を見た瞬間、それだけでは満たされない自分に望美は気がついた。

「知盛が生きていてくれれば、それだけでいいって……あの時会うまではそう思っていたの。でも……」

望美の瞳に宿るのは、貪欲に知盛を求める獣。
その光に、知盛はクッと唇を歪めた。

「お前はそんな女じゃないだろ……?」
「うん……私はあなたの全てが欲しい。瞳もぬくもりも――命も」

きっぱりと言い放った望美を、知盛が満足げに抱き寄せる。

「そうだ……そうやって俺を求めろ。お前のその瞳が俺を惹きつけるのだからな……」

顎を掴まれ、深紫の瞳と目が合った瞬間、唇が塞がれた。
唇に重なる熱。
それがここではない世界で交わした口づけを思い起こさせる。
今、知盛はここにいる。
生きて、自分の傍にいる。
そのことが本当に嬉しくて、心が震えた。

「考え事が出来るなど……ずいぶんと余裕だな?」

囁きと共により深くなる口づけ。
時々絶妙な間で呼吸する時間を与えながら、だけど決して離れることのない唇。
それが安堵とは違うものを、望美の胸の内に湧き上がらせる。

「知も……っ……ん……んんっ」
離して欲しいと言葉を紡ごうとするが、それは許されず。
次第に望美の目尻が桃色に染まっていく。
そうしてかくんと膝から力が抜けたところで、幾時とも知れない口づけは終わりを告げた。

「目の前にいるのは俺なのだと、神子殿には分かってもらえたかな……?」
「……ばか」

にやりと見下ろす不敵な紫水晶の瞳に、望美が頬を染めて睨む。
一瞬、知盛のペースに飲まれかけたのがひどく悔しくて、ぷいっと背を向けた。

「とりあえず! 私はちゃんと戻ってきたわよ。あとは知盛の方だからね!」

「俺の方……とは?」

「……っ! まさか知盛は私と斬り合いを続けたいだけなのっ!?」

ありえなくない事柄に、望美は一人勘違いしていたのかと泣きたい気持ちになる。
確かに目の前の知盛とは、和議の前夜斬り結んだ記憶しかなかった。
そう、幾度となく望美の手を掴まなかった彼とも。

「疎い女だ……」
伸ばされた腕に捕らわれ、再び知盛の胸の中へと抱き寄せられる。
反射的に顔を上げた望美は、しかし自分を見つめる瞳に魅入られた。

「源氏の神子殿は、ずいぶんと恋ごとに疎いようだ……」

「悪かったわね! 知盛と違って経験不足で!」

カッと羞恥に頬を朱に染めた望美に、知盛がにやりと口の端をつりあげる。

「これから覚えられるだろ? ……俺が教えてやろう」

「え? い、いや、まさかそんな、ここでなんてないでしょ?」

「そのまさか、だが」

「な、何考えてるのよっ! すぐ傍にみんなもいるんだよ!?」

「聞かせてやればいい。お前が俺の女になったのだと」

「……っ! ぜ、絶対ダメ!! ここ、景時さんの邸なんだから! 絶対絶対ダメだからね!!」
断固拒否の望美に、しかし知盛は怯まない。
再び降りてきた唇に、望美は絶体絶命の危機に陥っていた。

「おい、入るぞ」
突然響いた聞き覚えのある声と共に戸が開く。
反射的に振り返った望美は、入り口で目を見開いている救世主の姿を見た。

「将臣くん!ナイスタイミングっ!!」
「ち……っ」
「おいおい……昼間っから、しかも人んちで盛ってんじゃねぇよ」
「私は盛ってないわよっ!」
「どうだか……」
「知盛は黙るっ!」

キッと振り返った望美に、知盛がふんと鼻を鳴らした。
とりあえずは去った貞操の危機に、しかしこの先に大いに不安を感じる望美だった。

 →5に続く
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