「こういうつもりじゃなかったんだけどね~」
「望美?」
はぁとため息を漏らす望美に、朔は心配げに彼女を見つめた。
「こっちに戻ってきたのは私の意志なんだけどさ。そのまま残ることまでは、正直考えてなかったんだよね」
望美たちの世界へ降り立った茶吉尼天を倒すために、八葉や朔・白龍と共に現代へ戻った望美。
そこで現れた迷宮の謎を解いて、望美に巣食っていた茶吉尼天を倒した時、望美はもう一つ残された問題を解決すべく、力を取り戻した白龍によって元の世界へ戻っていく仲間について、再びこの世界へと舞い戻ってきた。
そう、問題とは平家の武将――平知盛。
現代へ戻る前日、望美は知盛と剣で切り合い、互いの存在を刻みあった。
そうして敵や味方といったしがらみを越えて惹かれあったのだった。
だから、和議の思わぬ騒動で何も言えずに現代に戻ってしまい、聖夜に知盛と出会えた時に誓ったのだ。
再びこの世界に、知盛の傍にこよう、と。
「望美は知盛殿を連れて、自分の世界に帰るつもりだったの?」
「……実は何も考えてなかったの。ただ、もう一度知盛に会いたかっただけで」
惚気とも取れる発言に、しかし朔は優しく対なる元神子を見つめた。
「望美は知盛殿のことが好きなのね」
「え? あっと、その……うん」
朔の問いに、恥ずかしそうに俯きながらも頷く。
いつから惹かれていたのかなんてわからない。
初めの出会いは、正直最悪だった。
仲間を無残に殺して、邸に火を放った敵の将。
そうとしか思っていなかったのが、いつからか気になる存在へと変わっていたのだ。
「一つだけね、確かなものがあるんだ」
「確かなもの?」
朔に頷くと、望美はまっすぐに前を見つめた。
「知盛に生きていて欲しい。生きて、私の傍にいて欲しいって」
それは一人何度も時空を巡り、望美が強く求めた願い。
いや、それよりも強い『欲』だった。
望美の話を黙って聞いていた朔は、内心で苦笑を浮かべた。
(こんなにも知盛殿のことを好きだと言っているのに、結婚には抵抗があるなんて、望美らしいわ)
この世界に戻ってきて、彼女の想い人である知盛と再会を果たし、想いを確認しあった2人だったが、そこからがごたごたしていた。
和議を結んだからには問題あるまいと、自分の屋敷へ連れ帰ろうとした知盛。
しかしそこで望美は首を横へ振ったのである。
そのことに不快の色をにじませた知盛が剣を握って、あわや斬り合いとなりかけたところを、やってきた彼の弟の重衝と将臣によって、なんとか場を収めたのだった。
「それなら決めなくちゃ。望美は知盛殿の傍にいたいのでしょう?」
「そ、そうだけどいきなり結婚なんて……」
望美のいた世界では早すぎる結婚に、抵抗を感じるのは当然だった。
「それなら知盛殿が他の女性と結婚してもいいの?」
この世界の貴族は、一夫多妻。
しかも最初以降は側室――つまりは愛人扱いなのだ。
「そんなの……っ!」
「望美が戸惑うのもわかるわ。でも知盛殿は宮中でも覚えもめでたい権中納言よ?
御年も25……いつ縁談が持ち上がってもおかしくないわ」
望美の世界よりもずっと早い、こちらの世界の結婚年齢に、望美がぐっと言葉を詰まらせた。
望美だって知盛が好きだ。
彼が結婚して欲しいと言ってくれるのが、嬉しくないわけじゃない。
でも――。
「初めに結婚して正室って呼ばれても、側室も
いっぱいいるようになるんでしょう?」
どんなに望美が知盛を愛し、彼も愛してくれたとしても、何より家が大事な貴族には後ろ盾のある良家の姫や、お家を盛りたてる子どもが重要だった。
平家は源氏とは違い、貴族の色合いが濃い。
そして知盛は清盛の子供の中でも、とりわけ期待されている人間だった。
「望美がいやなら、知盛殿を説得するしかないわね」
「私の世界に来てって?」
朔の言葉に、もしも知盛が望美達の世界に来たら……と考えてみる。
この世界と違い、剣を揮える職業など限られていた。
彼の求める命のやり取り……つまり危険な仕事など勧めたくはない。
「あ~……私の世界で働く知盛の姿が、全く想像できないよ」
頭を抱えた望美に、朔は微笑みをこぼした。
本人は本気で悩んでいるのだろうが、それは人から見れば幸せな悩みで、朔はそんなふうに悩める人が望美に現れたことを、素直に喜んでいた。
→6に続く