「う~んっ。秋の山道って気持ちのいいものだったんだね」
「今までは追手から逃げていて、遊山どころではなかったものね」
中尊寺に出かけた望美は、本堂までの長い道々に連なる紅に染まった木を見上げ微笑んだ。
景時が離脱したことで理が崩れ、気や龍脈の影響を受けやすくなったと白龍が言ったように、ぐっすり寝ているにもかかわらず疲れが抜けない感じがあり、平泉の気に早く身体をなじませようと銀に教えてもらった清浄な場所である中尊寺に行くことにしたのである。
「――あ……」
一瞬ふらりとバランスを崩した身体は、しかしすぐに抱き留められた。
「大丈夫ですか? 神子様」
「ありがとう、銀。ちょっとふらっとしただけだから」
「ここ数日、顔色がお悪いことが気にかかっておりました。よろしければ中尊寺まで私が抱きかかえて参ります」
「だ、大丈夫だよ! 本当にちょっとふらっとしただけだから! それに清浄な場所で気をなじませればいいって先生も言ってたし」
「神子様がそう申されるのであれば……」
心配そうに見つめる銀を思いとどまらせて、望美は並んで山道を歩く。
「お辛くはありませんか?」
「うん、大丈夫。この世界に来たばかりの頃はすぐ疲れちゃってたけどね」
「神子様の世界とここはやはり違うことが多いのでしょうか?」
「そうだね。大体移動には電車やバスを使うことが多いかな」
「電車に……ばす、ですか?」
「うん。馬よりずっと早い乗りものなんだ」
「そうなのですか。それでしたら徒歩での移動はさぞお疲れなのでは?」
最初の頃は確かに徒歩での移動に疲労してばかりいた。
しかしなければないで慣れるもので、今ではすっかり体力もついた。
「もう慣れたよ。九郎さんについて行軍も多かったしね」
「そうですか。何かご不便なことがございましたらいつでも仰ってください」
「ありがとう。……あの、銀?」
「はい? なんでしょうか」
「その……手……もういいよ」
よろめいてからずっと繋がれたままの手を示すと、銀はゆるやかに首を振った。
「もしまたよろめくことがあってお怪我をされては大変です。神子様は私と手を繋ぐことがお嫌ですか?」
「そんなことないよ」
「でしたらどうかこのままで」
好意を無にするのも申し訳なくて、結局そのまま銀に手を引かれるように歩き続ける。
平泉の郎党である銀――その正体は平重衝。
けれど、銀は自分が重衝である記憶を失っていた。
脳裏によみがえる、人形のように表情が消えた銀。
「…………っ」
「神子様?」
先程までの恥じらいとは違う握り返された手に、銀が不思議そうに望美を見る。
紫水晶の瞳にある光にほっとして、ううんとゆるく首を振った。
「手を、離さないでね」
「はい」
今度こそ、銀を救うから。
そう決意を胸に握り返した手は、離れることがなかった。