「姫君が嫌なら断ればいいんだよ」
「ヒノエくん!?」
「そうですよ。君一人を愛することのできる男だっているんですよ?」
「弁慶殿」
望美を取り囲むように現れたのは、白龍の神子を守る朱雀の加護を受けた二人。
一瞬視線を合わせた二人は、それぞれ右手と左手をとると、流れるように口説き文句の応酬を始めた。
「俺なら姫君をそんなふうに悩ませたりしないぜ?」
「過去の悪行を棚に上げて、どの口がそのようなことを言うんですかね。望美さん、僕は貴族でも頭領でもありませんから、ただ一人を想うことが出来るんです」
「おいおい、そっちこそ棚上げすんなよ。自分の胸に手を当てて、よぉく思いだしてみるんだね」
「恥じる過去など僕にはありませんよ」
「……よくいうぜ」
厚顔無恥な叔父に、ヒノエが冷やかな視線を送る。
そんな朱雀の戦いに、さらに加わる九郎と景時。
「なになに~? どうしたの?」
「弁慶、お前こんなところにいたのか」
「おや、九郎に景時。御家人衆のお相手は終わったんですか?」
「ああ。一人逃げやがって、お前というやつは……」
「そうだよ。弁慶がいなくて大変だったんだよ~?」
「ふふ、君がいれば十分でしょう? 景時」
「ところでなんの話をしてたんだい?」
「麗しの姫君を誰が手にするか、だよ」
「ヒ、ヒノエくんっ」
「あれ~? 望美ちゃんは知盛殿と結婚するんじゃなかったっけ?」
「沢山の妻をめとる不実な男よりも、ただ一人を愛する誠実な男が良いそうですよ」
「ああ、それならばあいつは無理だろう。平家を担うと言われている男だ。側室の一人や二人は当たり前だからな」
当然と言い切る九郎の言葉に、望美がずーんと落ち込む。
「九郎さんでもそう思うんですね……」
「それはそうだろう。平知盛と言えば、重盛の次に期待されている子供だからな」
「九郎殿」
「どうした? 朔殿」
「あ、あはは~、なんか喉乾いたね~。ずっと話通しだったから、喉がカラカラだよ。
朔、お茶を皆にくれるかな?」
「はい、兄上」
妹の鋭い視線を受けて、景時が慌ててフォローを入れた。
しかし彼の努力も空しく、さらなる騒動のタネが飛び込んでくる。
「賑やかだな」
「敦盛、リズ先生」
「神子? 具合が悪いのか?」
青ざめ、俯いている望美を気遣わしげに敦盛が見る。
「神子姫様はお悩みなのさ。側室を沢山迎える知盛と結婚してもいいのかな、ってね」
「知盛殿は、その、悪い方ではないと、思う……」
「でも、妻は望美一人なんてありうると思うか?」
「そ、それは……」
ヒノエの問いに対し口ごもった敦盛に、望美の肩がさらに落ち込む。
「だから俺にしておきなよ?」
「君も人のことは言えないでしょう」
「ま、まあ、望美ちゃんがどうしても妻は自分一人しか嫌だっていうなら、俺なんてどうかな―なんて」
「おや、抜け駆けですか? 君も油断なりませんね」
「あはは、敦盛くんだってそうだよね?」
「わ、私はその、冠位も持たぬ身ゆえ……」
「神子が望むのならば」
次々と八葉が望美の婿候補に名乗りを上げる中、急激に部屋の気温を下げる存在が現れた。
「ほお……? ずいぶんと楽しそうな話だな……」
将臣と連れだってやってきたのは、話の中心人物である知盛。
「俺を手玉に取るだけでは飽き足らず、次は八葉か? ずいぶんなご身分だ」
「な……っ! 手玉って……」
「相違あるまい? 求婚をむげに断ったのだからな」
「う……」
細められた瞳に望美が口ごもる。
嫌なわけではない。むしろ嬉しい。
けれど、どうしても素直にその手を取ることはできなかった。
* *
「あ~また怒らせちゃったよ……」
脇息にぐったりと寄りかかり、深々とため息をつく。
脳裏に蘇る、昼間の騒動。
あわや乱闘となりかけた原因は、はっきりしない望美だった。
「どうしてこの世界って一夫一妻じゃないんだろ」
望美のいた世界では当然だったことが、この世界では異端だった。
もちろん、望美たちの世界にも一夫多妻の国もある。
だが、望美が生まれ育った国はそうではなく、抵抗があるのは当然だった。
「まさかこんなことで悩むとはなぁ」
自分の生まれ育った世界じゃなきゃいやだとか、そんなことにはこだわってはいなかった。
自分の世界へ未練がないと言えば嘘になるが、それでも望美が望むものは、生きている知盛と共にあることだった。
だけど、いざ現実を突きつけられると二の足を踏んでしまう。
正室、側室、一夫多妻。
「知盛が私一人なんて言うわけないだろうし……」
女慣れしているとわかる立ち居振る舞い。
帝の覚えもめでたい出世頭の美青年とあっては、出会って間もない(望美にとってはそうではないが)女に、そこまでの想いを持つとは到底思えなかった。
「まだ悩んでるのか?」
「将臣くん」
部屋へとやってきた幼馴染に、望美がはぁとため息を漏らす。
「お前は知盛とどうしたいんだ? まさか手をつないで恋人から、なんて言わないよな?」
男性経験以前に、付き合ったことすらない望美のこと。
交際を通り越していきなりの結婚は想像外なのだろう、とは容易に想像がついた。
しかし、それを求めるには相手が悪かった。
知盛がそんな清らかな交際を求めるとは、到底思えないのである。
「私ね、結婚とかそんなこと全然考えてなかったんだ。ただ、知盛に会いたいって、それだけでここにきたんだもん」
予想通りの答えに、将臣が深く息を吐く。
「お前が戸惑うのもわかんなくはねぇけどな。
ここで知盛と結婚して暮らすか、俺達と元の世界に戻るか、どっちかなんだぞ?」
「そうだよね……」
将臣の言うことは当然で、望美は視線を床に落とした。
思えば知盛との恋は、何もかもが急だった。
知盛が生きている運命を探し歩いて、ようやく見つけたのが和議の道。
ここで確かに生きている彼を一目見たくて、必死に探した。
そうして出会った瞬間、ただ生きていてくれればと思っていたのは嘘だと気づいた。
このまま自分のことを忘れて欲しくない。
女としてでなくてもいい。
ただ、確かに自分という存在がいたのだと、彼に刻みつけたかった。
→7に続く