波乱の恋人たち-7-

知望9

「あ~もう! こんなことで悩んでるなんて私らしくないっ!!」
突然立ち上がった望美に、将臣が目を丸くする。

「将臣くん! 私を知盛のところに連れてって!」

「そりゃ構わないけどよ。どうするか決まったのか?」

「うん! 夫の浮気に邸奥で一人涙にふける、なんて冗談じゃないからね。知盛に約束させるのっ!」

息巻く幼馴染の暴走に、はぁ~とため息をついた。

(そういやこいつは、頭で考えるよりも行動するタイプだったな……)

ずんずんと歩いていく望美の後ろを歩きながら、そんなことを考える。
今度もまた剣が登場するのかと思うと、今から頭が痛くなる……が。

(ま、これもこいつらしいっていや、こいつらしいか)

伊達に幼馴染として何年も共に過ごしてきたわけではなく。
将臣は事の顛末を見守ることにした。

* *

「知盛!」
案内された部屋にたどり着くと、杯片手に知盛が口の端をつりあげた。

「これはこれは……兄上を連れて夜這いとは、神子殿は変わった趣味をしておられるようだ」
「夜這い……って、そんなわけないでしょ!」
「落ち着けって。知盛、お前も茶化すなよ」
「……ふん」

再び杯を傾け始めた知盛に、将臣は肩をすくめると、望美を振り返った。

「俺は向こうにいるから、話が終わったら声かけてくれ」
「……うん。ありがとう、将臣くん」

少し緊張した面持ちの望美に、励ますように頭を掻き撫でると、将臣は部屋を出て行った。
静かになった室内に、望美は話を切り出すタイミングを失って立ち尽くしていた。

「座ったらどうだ?」
「う、うん」
知盛の言葉に、素直に彼の前へと腰を降ろす。
しかしいざ相面したら、言おうと思っていた言葉が喉の奥に詰まってしまう。

『多妻なんていや! 妻は私一人と約束して!』

つい先程まで言おうとしていた言葉が頭に浮かぶ。
だが――。

(そんなの……私の勝手でしかないのよね)

お家繁栄のために、貴族が何人もの女を娶り、子を産ませるのは当然のことなのだから。

「……で? ようやく諾の返事をしに来たか?」
「…………」
知盛からちょうどその話を切り出され、望美は
きゅっと唇を噛むと、まっすぐに彼を見つめた。

「知盛は……私をどう思ってるの?」
「どう、とは?」
質問に質問で返され、神経が逆なでされる。

「私が聞いてるんでしょ!」
「俺は一緒に来い、と言ったはずだが?」
相変わらず真意の見えない知盛に、望美の怒りが爆発した。

「私は知盛と一緒にいられるのなら、この世界でも私の世界でもどっちでもいい! だけど、沢山の女の中の一人になるのはイヤ!」

そう、この世界でも、生まれ育った世界でも、どちらだっていい。
知盛が私をただ一人のものとして傍にいてくれるのならば。
はっきりと自覚した願いに、望美は改めて知盛を見つめた。

「……ようやく口にしたな」
「え?」
腕を引かれ、気づくと知盛の胸の中に捕らわれていた。
顔を上げると、深紫の瞳に射抜かれる。

「そうやってもっと求めてみせろ。お前はもっと貪欲な女だろ?」

「……うん」

「もっと……見せてみろよ。俺の知らないお前に……もっと酔わせてくれ」

降りてきた唇に、瞼を閉じる。

「お前のまなざしが俺を虜にする限り――俺はお前のものだ」

* *

「まとまったみてえだな」
「私としては不本意ですが、ね」
杯を傾けながら苦笑する重衝に、将臣が酒を注ぐ。

「ま、あいつを泣かせたら掻っ攫っちまうってのもありだぜ?」

「そうですね。兄上とはいえ、十六夜の君を泣かせるようであるなら容赦は致しません」

そんな物騒な会話が同じ屋根の下でなされているとは露知らず、周りを波乱の渦に巻き込んだカップルは、ようやく想いを通じ合わせたのだった。

 →新婚編
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