波乱の恋人たち-新婚編-

知望9

「う~~~~ん」
文机に突っ伏す姿に、ヒノエがひょいと覗きこんだ。

「どうしたんだい姫君? お前が筆を持つなんて珍しいね」

「あ、ヒノエくん。知盛に返す歌を考えてたの」

「知盛……ね」

望美が悩んでいるのは、知盛から贈られた求愛の品々に対する御礼状。
つまるところ、「求愛を受け入れます」という女からの了承の文だった。

「そうだね。――なんてどうだい?」
「それってどんな歌?」
「その歌はダメよ、望美」
ヒノエの勧めた歌を書き記そうとすると、お茶を運んできた朔がじとりと睨んだ。

「ヒノエ殿……」
「はいはい」
肩をすくめて去っていくヒノエに、望美はわけがわからず瞬いた。

「?? どうして今の歌はダメなの?」
「今、あなたが知盛殿に返したいと思っている歌とは正反対のものだからよ」
首を傾げる望美に、朔ははあ~とため息をついてお茶を啜った。

望美の世界から戻ってきて1ヶ月。
知盛とのこじれた話もようやく修繕され、後は知盛の元へと嫁ぐのみとなっていた。
平家は武家とはいっても源氏より貴族の色合いが濃く、清盛の後を継ぐと言われている知盛はその中でもとりわけ有望な者だった。
そんな彼が正室を迎えるということで、きちんとした段取りを踏むこととなったのである。
部屋には彼から送り届けられた新品の調度品や花などが、所狭しと飾られていた。

「でも、なんて返せばいいのか、本当に浮かばないよ~」

「別に歌にこだわらなくてもいいのよ?」

「でも、私、こっちの文字も上手に書けないもの」

歌を考えるのも難しいが、思うままに筆を綴ることも出来なくて。
ぶち当たった難題に、望美はう~んと頭を抱えた。

「誰か得意な人とかいないかな~?」
「どうしたの?」
「景時さん」
ひょいっと顔を覗かせた景時を、望美ははしっと捕まえた。

「景時さん! 私に歌を教えてください!」
「う、歌?」
「はい!」
必死な形相の望美に、景時は困ったように微笑んだ。

「教えてあげたいのは山々だけど、歌は自分の感じた事を言葉にするからね。俺が作ったんじゃ望美ちゃんの想いは伝わらないと思うよ?」

「う……」

「代筆でもいいんじゃないですか? 所詮は形式事でしょうし」

「弁慶」

いつの間にか現れた弁慶の言葉に、梶原兄弟がため息をつく。
ヒノエといい弁慶といい、どうして朱雀は素直に応援してやらないのかとの思いが胸によぎる。

「いや、歌は大事だぞ。貴族社会では必要不可欠らしいからな」

「おや、九郎。君にしてはいいことを言いますね」

「九郎殿……」

弁慶と反し、天然であろう九郎の追いうちに、朔は頭痛を覚え始めた。

「平知盛の正室ともなれば、歌も出来ねば色々と問題があるんじゃないか?」

「そうですね。いっそ、嫁入りは先に延ばして、まずは手習いから始めませんか?」

五条コンビの連携に、望美がその方がいいかも……などと思い始めた瞬間、不機嫌な声が場に響いた。

「……どうやら八葉は俺と神子殿の婚姻を邪魔したいようだな」
「知盛! どうしたの?」
突然の来訪に驚く望美に、知盛はふんと鼻を鳴らすと当然の如く部屋に入る。

「おや、知盛殿。返歌はまだのようですが?」
「形式事にこだわらなくとも……と言っていなかったか?」
「ふふ」
悪びれない弁慶に、景時と朔が慌てて場を繕う。

「せ、せっかく知盛殿がいらしたのなら、二人きりの方がいいわよね」

「そ、そうだね。さ、九郎も弁慶も行こう」

「? あ、ああ」

「……仕方ありませんね」

ため息をつく弁慶と共に追い立てられ、九郎達が部屋を出ていく。
ようやく静かになった室内に、知盛はどかりと腰かけると望美を見つめた。

「さて……」
「う、歌はまだ……」
「返事は決まっているんだろ?」
深紫の瞳に見つめられ、望美は頬を染めつつ頷いた。

「――ならば行くぞ」
「え? 知盛?」
腕を引いて立ち上がった知盛に、望美は慌てて彼を見た。

「三日夜を経ての露顕しなど不要だろ? 八葉は全て俺のことを知っているんだからな」

「露顕し? 何だかよくわからないけど、結婚の手順ってまだ終わってないんじゃなかったの?」

「もう充分に踏んだはずだぜ……? 後はお前が来るだけだ」

間近に寄せられた顔に、望美はばくばくと暴れる鼓動を必死に宥める。

「……この後は、俺が三日三晩ここに通ってお前を抱く……というものだが、神子殿は褥の様子まで 八葉に見せることをご希望か?」

「え、ええええっ!?」

知盛の説明を聞いた望美は、ぶんぶんと首を振った。

「それは絶対いやっ! 連れてって!」
「ふん……」
自ら手を引き、出ていこうとする望美に、おもむろに引き寄せると驚き開いた唇に口づけた。

「と、と、知盛っ!?」

「この程度で頬を染めていては俺の相手は務まらないぜ?」

「~~~~~~」

夢と現実のはざまのようなあの聖夜の出来事を思い出し、望美の顔が真っ赤に染まる。
そんな望美を、知盛は満足げに抱きかかえていくのだった。

 →誕生日編
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