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知望2

「ようやくのご帰還か……」
「兄上?」
知盛の呟きに重衝が兄を見つめた瞬間、空気が揺れて。
消えた神子と、八葉達がその場に現れる。

「九郎殿!」
「還内府殿!」
源氏・平家双方から上がった声に、それぞれが対応に走る中で、望美はきょろきょろと辺りを見渡し、彼の姿を探す。

「経正さん。知盛がどこに行ったか知りませんか?」

「知盛殿なら先程まで重衝殿と共にそちらにいらっしゃいましたが……」

「そうですか……。ありがとうございます。もう少し探してみます」

混乱した場に、聞いて回ることも難しいだろうと判断すると、望美は朔に断りを入れてから神泉苑を抜けだした。

「知盛……どこに行ったんだろう……」

平家の邸か、朝連れて行った景時の邸か?
考えを巡らせて、ふと思い浮かんだのが剣を合わせた森。
もしかしたらと足を向けると、木にもたれかかるように立つ知盛を見つけた。

「ここにいたんだ」
「神子殿か……。おかえり……というべきか?」
「どれぐらい時間がたったの?」
「神子殿があの女狐を追っていってから……四半刻とたっていないさ」
「そう、なんだ」

この世界に戻ってきた時、茶吉尼天を追って時空を移動する前と何ら変わっていないと思ったのだが、それは間違いではなかったらしい。
望美が元の世界で過ごした時間は、こちらの世界では瞬き程の時間でしかなかったのだとわかって、望美はほっと胸を撫で下ろした。
望美にとっては一月ほどの時間が経過していたが、知盛にとっては剣を交わし想いを重ね合わせてから時が過ぎていないのだ。

「どうして知盛はここに来たの? 和議はまだ終わってないでしょ?」

「あの場にいても俺がすることなどないさ……還内府殿がいれば問題ない」

「また将臣くんに面倒押し付けて……」

「クッ……神子殿は小言をいうために俺を追いかけてきたのか?」

「……違うよ」

嘲る知盛に近寄ると、そっとその胸に寄りかかる。
頬に感じる体温がひどく懐かしくて、ここに帰ってこれたのだと安堵する。

「お前があの場から消えてから、新しい記憶が俺の中に刻まれた……。見知らぬ場所で、見慣れぬ衣を纏ってお前に会ったという記憶がな」

知盛の言葉に、思い出される教会での出来事。
スーツを纏った知盛が目の前に現れた時は、夢かと我が目を疑ったほど不思議で……望美にとっても忘れられない出来事だった。

「それで……どうするんだ?」
「どうするって何が?」
「クッ……神子殿は健忘症を患っているのか?」
「どうしてそう、人の神経逆なでするような言い方しかできないの?」
「戻ってきた目的はなんだ? ……と問うている」

知盛の言わんとしていることをようやく理解して、望美は表情を引き締めた。

「……まずは源氏と平家の和議がちゃんと成立するのを見届ける」
「生真面目なことだ……」
「知盛だって関係あるでしょ?」
「俺の興味を引くのはお前だけだ」
「…………っ」

まっすぐな言葉に熱を帯びる頬。
そんな望美の初心な反応に、知盛が楽しげに唇をつりあげる。

「……まあ、楽しみは後にとっておくか」
「あ、待って、知盛」

くるりと向きを変え、歩き出した知盛に慌てて駆け寄ると、待っていたとばかりに腕を取られ。 振り落ちた唇が思いがけず優しくて、望美の腰が抜けたのはこの直後。
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