想いの内に秘められたもの

知望1

「ねえ、望美。知盛殿のことを聞いてもいいかしら?」

望美の家でお茶を頂いていた朔は、カップを置くと正面に座る望美を見る。
和議の騒動から望美たちの世界に来てと、慌ただしさから聞きそびれてしまっていたが、ずっと知盛とのことが胸に引っかかっていたのである。

「あなたはいつから知盛殿のことを想っていたの?」
朔が知る限り、望美が平家の将である知盛と接触したことなどなかったはずだった。
――あの和議の前夜まで。

「知盛のことは……ずっと思っていたよ」

皆を失った運命を変えたくて、逆鱗の力で時空を遡った望美。
辿り着いた時空でリズヴァーンに告げられた通り、一つ一つの運命を変えていくことで結末を変えようと、前の時空での出来事を思い出しながら行動しても、避けられない出来事があったりと、なかなか思うように運命を変えていくことが出来なかった。

挫けそうになる気持ちを奮い起こして何度となく時空をめぐり、運命を変えていく。
そうするうちに、願いはどんどん貪欲になっていった。
始めは仲間の死を回避したいと、それが叶えられると次は少しでも犠牲となる人を少なくしたい。 全ての人の死を回避することなどできるはずもないけれど、運命を覆す力を持っているなら悲しみは最少に――それは人にありまじき力を得た故の傲慢な願いだったが、それでも望美はその願いを諦められなかった。

そんな中でいつも死んでしまったのが……平知盛。
何度巡っても、知盛は望美との戦いを望み、そして死んでいった。
源氏に身を置いた以上平家は敵で、戦いは避けられない。
けれども戦場のほんの少しの会話とはいえ、言葉を交わした経正や忠度は憎い敵などと思える存在ではなく、平家もまた抗えない運命の中で必死に生きようとしているのだと、彼らを守ろうとする将臣からも感じた。
だからか、いつしか源氏が平家に勝つことではなく、両者が傷つけあうことのない道――和議を望むようになっていた。

和議を結ぶにはどうすればいいか模索する中で辿り着いたある時空の熊野で、望美は初めて戦場以外で知盛と出会った。
いつも望美が目をそらすことを許さず、真剣に立ち向かってくることを望み、剣を交え、満足して海に消えていった知盛。
そんな彼の知りえなかった一面を知り、より彼も生きる未来をと願う気持ちが膨らんだ。
けれどもそれは、神子の慈悲深い想いなどではなく、ただの欲。
彼が生きていないと嫌だと、知盛の思いも無視したただの望美のわがままな思い。
だから、進んだ運命でまたも海へと消えていった知盛を認められなくて、再び時空を超えた。
福原を攻めることで知盛が生きる運命が消えてしまうのなら、攻めないで新たな運命を切り開くしかない。
戦場で会ったら剣を交えることは避けられないから、彼が戦場に出ない運命を見つけなければならない。
より和議への想いが強くなり、望美は慎重に運命を変えるきっかけを探っていった。

そうして得られた、福原での和議交渉に乗じての戦いの回避。
皆に和議を強く願い出て、頼朝や清盛・法皇に掛け合ってもらい、政子をおさえてようやく叶うことが決まった時、本当に知盛は生きているのか確かめたくて、望美は彼を探しにあてもなく森へ入った。
あの夏に知りえた一面と、戦場での彼以外何も知盛のことを知らないのだと思い知りながら、それでも会わずにはいられなくて宵闇の中を彷徨い見つけた。

見つけた彼は当然望美のことなど知るはずもなく、呼びかけても振り向いてもくれなかった。
けれども、彼は生きている。望美の願いはかなったのだと、そう頭の中で理解しながら、彼に自分を認識させずにはいられなかった行動の矛盾。
生きてくれればいいと、それだけを願っていたはずなのに、この上何を望むのか?
どこまでも貪欲な自分に、しかし望美はその要求に抗えず剣を抜いた。

彼に言葉は不要。
知盛の言う通り、いくら言葉を重ねてもそれは彼の記憶に残りはしない。
そんなのは嫌だった。
いつの間にか知盛という存在が望美の中に深く刻まれたように、彼の中にも自分を刻みたい。
その要求に従い、望美は剣をとった。
彼と自分の間には、いつも剣があったから。
あの夜の出来事が知盛の心をどう動かせたかはわからない。
それを確認する時間もなく、この世界に戻ってきてしまったから。

「……そうなの。あなたがそんなに知盛殿に惹かれていたなんて……」

「うん……って、待って朔。『惹かれて』ってどういうこと?」

「どういうって…あなた、知盛殿のことが好きなんでしょう?」

「ええっ!?」

朔との思い違いに気づいて慌てると、朔が不思議そうに望美を見る。

「違うの?」
「違うっていうか……全然そんなこと考えたことなかったよ」

【おもっていたか】という質問が好きなのかということだったとは思っていなかったのだと、望美はありのままに答える。

確かに知盛のことは強く思っていた。
もしも他の記憶がなくなってしまっても、彼が生きて、望美を覚えてくれるならいいと思う程に。
けれどもそれは恋情だろうか?
彼の言う通り、ただの『欲』だと、そう思うのが一番しっくりきた。

「突然連れてきて、皆の反対を押し切るから、てっきりそうなのだと思ったわ」

「ご、ごめん。あの時はとにかく必死だったから……」

「でも、それならいいの?もう知盛殿に会えなくて」

「え?」

「あなたは元の世界に戻ることを望んでいたのでしょう? それが叶った今、もうあの世界に戻ることはないでしょう?」

皆を元の世界に帰す手段を探している現状に気を取られて、望美は先のことをまるで考えていなかった。
だから知盛のこともつい忘れていた。

「知盛にもう……会えない……」

この世界と彼のいる世界は時空が異なる。
神子の役目を終えた望美はあの世界にはもう不要な存在だった。

「……ごめんなさい。まだ私たちが帰る方法も見つかっていないのだし、すぐに決めなきゃいけないわけでもないわ。
ただ、あなたは知盛殿のことをどう思っているのか、考えておいた方がいいと思うの」

「……うん。そうだね」

朔の指摘に頷くと、改めて知盛のことを思う。
時空を巡っていた時はとにかく必死だったから、それがどんな思いに基づくものかなど考えたこともなかった。
けれども、もしも自分でも気づいていない思いがあったなら?
望美が再び知盛と出会うのは異世界ではなく、この数日後のこの世界でなどと知りえずに、己の内に想いを馳せていた。

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