想いの内に秘められたもの-2-

知望1

「いない……。空耳、だったのかな」

仲間達との楽しいクリスマスパーティを終えて帰宅しようとした時、不意に教会で貰ったコインを思い出してやってきた望美は、小さくため息をついた。
けだるげで、艶やかな声。
不意に聞こえてきた声はいるはずのない知盛のもので、けれどもいくら教会を見渡してもその姿はなく、空耳を聞くほど彼に会いたいと思っていたのかとその事実に驚いた。
知盛がいるのはあの戦場で、時空を隔てた遙かに遠い場所。
それでも聞こえた声は確かだったと、もう一度教会を見渡すが、それほど広いわけでもない教会内であの印象的な人を見落とすわけもなかった。

「やっぱり、いないよね」
諦めを帯びた呟きに重なる逆鱗の音。
幾度となく聞いてきたその音を耳にした瞬間、静かな教会に低い独特な声が響いた。

「そう……思うのならばな」

反射的に振り返った先に目に入ったのは、血のように深い昏い紅のスーツを纏った男の姿。
銀色の髪に紫紺の瞳。
口元に皮肉気な笑みを浮かべる様は紛れもなく知盛だった。

「え? とも……もり?? どうして? 本当に、本物の知盛?」

「ずいぶんなご挨拶だな…。お前が……俺を呼んだのだろう?」

反らすことを許さない瞳に問われ、そうかもしれないと頷きつつも戸惑いを隠せない。
だって彼がこの世界にいるはずがない。
望美のように時空を渡れる逆鱗を手にしているわけでもないのだから。

「俺が、いるはずがない。では……俺は、お前の願望が見せる夢か」

夢?
こんなに存在感ある人が、望美の願望が作り出した夢だというのか?
彼がここにいることも、いないことも否定している自分に困惑していると、揶揄る知盛にムッとする。
人の神経を逆なでる言動は記憶の中の彼そのままだった。

「お前の『知盛』でなかったなら、どうする。……今ならばまだ……逃がしてやってもかまわないぜ」

彼が口にした言葉の意味は、あの和議の夜に望美が口にしたことを覚えてのもの。
幾度となく彼の死を見てきたのだと、そう望美はこの知盛に告げていた。
だからこそ彼は問うのだ――お前の『知盛』じゃなかったらどうするのだと。

迷いはなかった。
知盛にとっては、今望美が彼の目の前から逃げ出してもいいと思える程度の存在なのだろう。
けれども望美にとってはそうではない。
彼女を覚えていない知盛であっても構わないと、彼が生きて彼のままであることを望み、またその彼に望美を刻むこと――それを望んだのだ。
だから目の前の知盛があの夜確かに自身を刻みつけた男なら……ここで帰ったら後悔するのは望美だった。

踵を返すことなく彼の前に立ち続けると、流れる静かな時間に不思議な心地になる。
かつての彼と過ごした戦場と遠い蝉の声が響く熊野に想いを馳せていると、知盛がぽつりと呟いた。

「……雪が降っているな」
「外に? 見えるの?」
「静けさの理由が知りたいのだろう」

望美の胸の内を覗き見たような答えに驚きを浮かべると、知盛は感情の読めない淡々とした声で続け手を取る。

「……俺を呼んだのは、お前だろう?」
「うん……そうだよ」
「俺を、求めたのだろう?」
「そうだね……きっといつか会えると思ってた」

朔にもう知盛に会えなくていいのかと、そう問われた時に返せなかった答え。
それはきっと、もう会えないと思わなかったから。
確かに望美はあの世界での役目を終え、神子ではなくなった。
それでもいつか会えると……会いたいと望んでいたのだろう。
そしてその思いは知盛も同じなのだ。
あの夜、確かに望美は彼に自分を刻みつけたのだ。

「さて……猶予の時間は終わったぜ」
鐘の音が逢瀬の終わりを告げ、知盛が望美の手を口元に寄せて軽く触れると離す。

「ここまで俺を焦らしたんだ。……満足させてくれるよな」

剣を抜く気配に白む世界。
全てが消えた空間に、けれども確かに感じる唯一の存在。
その彼に応と答えられたかわからないまま、望美は意識を手放した。

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