想いの内に秘められたもの-3-

知望1

「……っ」
指先の痛みに顔をしかめると、読んでいた本に栞を挟もうとして赤い花びらに目が行く。
クリスマスイブに知盛が持っていた赤いバラは、目が覚めた翌日望美の部屋に置かれていた。
この花がなければあれは夢だったのではないかと疑っただろう。
でも彼と出会ったのは夢ではないのだと、そう主張するバラの花に望美は一枚花びらを取ると、押し花にしてそれを栞にした。

「まだ痛むなんて、しくじったなぁ……」

指先の痛みは、誤ってピンを刺した故。
買い物先で偶然目に留まった赤いバラのラベルピンは、イブの夜に知盛からもらったバラに似ていて、悩んだ末に望美はそれをプレゼント用に買い求めた。
いつ会えるかもわからないのに買わずにはいられなかったそのピンは、知盛を意識してのもの。
華のある赤いバラは知盛らしく、絶対似合うだろうと確信があった。

あの夜から何度となく足を運んだ教会を訪れると、いつものようにその姿を探す。
イブ以降はいくら訪れても会うことは叶わず、今日も無理かとため息をつくと、疲れを感じて椅子に腰かけた。
ほんの少しだけの休憩のつもりがいつの間にかうたた寝してしまっていると、少し苛立ちを帯びた声に起こされた。

「これ以上、俺を退屈させるな」

傍らに立っていたのはイブの夜と同じく、深い紅のスーツを着崩した知盛。
なんで、どうしてと動揺すると、呼んだのはお前だろうと指摘されて、望美はそうかと己の想いに頷いた。
会いたいと、そう願っていたのは確かだったから。

「素直……だな。いつもの虚勢は、鳴りを潜めているらしい」
「次にいつ会えるかわからないからね」

揶揄にも怒ることなく素直に認める望美に、知盛の方が虚を突かれたらしい。
だがそこで引き下がらないのがこの男で、思わずこぼした本音を容赦なくつつく様が憎らしかった。

とにかくようやく得られた機会なのだからと、先程買い求めたプレゼントを差し出せば、つけろと促されてピンを取る。
いきなり縮まった距離と注がれる視線に緊張して指が震えてしまい、慌てた結果望美は自分の指先を指してしまった。
痛みと血の滲む指先に、知盛のせいだと憤ると手を取られ、指先を食まれ舌で舐められる。
それは潮岬で白龍に頬の傷を舐められた時よりもっと恥ずかしくて、慌てて手をふりほどこうともがくが強く握られているわけでもないのにその手が離れることはなかった。

「何を、慌てる? 取って食いはしないさ……。少し、味見をしただけのこと」

味見って何だと内心で叫びながら、知盛が指先を食む姿に真っ赤になる。
見ていることさえ恥ずかしくて目をそらすと、それを許さないと指先を噛まれて、その痛みに目を開けるともうそこに知盛の姿はなかった。

「本当にどうなってるんだろう?」

知盛がこの世界に呼ばれているのならば、それを願ったのは望美なのだろう。
もしかして無意識に白龍の力を借りていたのだろうかと逆鱗に触れると、柔らかな鈴の音が耳に届く。

「私、知盛のことが好きなのかな……?」

今まで異性に恋愛感情を抱いたことがない望美には、己の想いさえわからず顔を曇らせる。
ただわかっているのは、知盛にまた会えると、そう自分が信じていること。

『あなたは知盛殿のことをどう思っているのか、考えておいた方がいいと思うの』

そう朔に問われたことを思い出し、自分の内に想いを馳せる。
高鳴る胸は、今まで剣を交わすことしかなかった知盛への緊張故か、それとも――。
いまだわからぬ知盛への想いの内に、望美は小さく息を吐くとそっと栞を撫でた。

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