「どうぞ。姫君のために用意したものだよ」
そう言って手渡されたのは、赤紫色の飲み物。
「ありがとう。ぶどうジュース?」
「姫君の世界の飲み物と同じかはわからないけど、ぶどうから作ったものだよ」
「……ん? これ、まさか……先輩! 飲んだらダメです!」
「え? もう飲んじゃったよ」
「………!」
一気に飲み干し空になった器に、譲はギッとヒノエを睨んだ。
「ヒノエ! 先輩にお酒を勧めるなんて何考えてるんだ!」
「何って、どうしていけないんだい?」
「未成年だからに決まってるだろ!」
「未成年? 望美は十七だろ?」
「俺達の世界じゃ二十越えるまでは成人とみなされないんだ」
眼鏡の奥の鋭い眼差しに、ヒノエは肩をすくませ傍らの望美を見た。
「望美……大丈夫?」
「平気~平気~」
心配する朔に、ひらひらと掌を振る望美の顔は真っ赤。
「……先輩はお酒が弱いんだよ」
「お、おい。大丈夫か?」
「だ~いじょ~ぶですって~。それよりこれ、すごく美味しい~! もう一杯頂戴~」
「もうよしたほうがいいわ」
「どうして~? あ、朔も飲もうよ。
これ、すっごく美味しいよ~」
「私はいいわ」
「なら私がもらうね~」
「あ……っ」
止める間もなく朔のワインを手に取ると、望美はぐいっと飲み干してしまう。
「ふう~なんだか暑くなってきちゃった……」
「だ、大丈夫か?」
「あ、そうか。脱いじゃえばいいんだ」
「神子……!?」
ぽんと手を叩くと、すくっと立ち上がって陣羽織を脱ぎ出す。
「望美! ダメよ!」
「だって暑いんだも~ん」
朔の制止を振り切り陣羽織を脱いだ望美が、さらに衣に手をかけた……瞬間。
「何やってんだよ」
「兄さん!」
「将臣殿」
ポカリと望美の頭を小突く将臣に、譲と朔がほっと胸を撫で下ろす。
「将臣くん~? こら~! 今までどこ行ってたのよ~!」
「なんだ? お前、酒飲んでるのかよ」
「お酒じゃないも~ん。ジュースだよ~」
「うそつけ。どこから見ても酔っ払いじゃねえか」
過去に同じように酔った姿を見たことがある将臣がため息をつくと、望美がムッと目を細めた。
「私は酔ってな~い! 質問に答えなさ~い!」
「こら、叩くな。……ったく、望美に酒は飲ませるなって言っただろ?」
「仕方ないだろ。文句はヒノエに言ってくれ」
有川兄弟の視線に、ヒノエは不可抗力だと手をあげる。
「ここはお前達の世界と違って咎められることもないんだ。構わないだろ?」
「そういう問題じゃないだろ!」
「暑い~やっぱり脱ぐ~」
言い合いを始めた譲とヒノエの間で、再び衣に手をかける望美を止めて。
「ちょっとこいつの酔いさまさせてくるわ」
腕を引くと、広間から望美を連れ出した。
* *
「ほら」
「ありがと~」
手渡した水を美味しそうに飲む望美にため息一つ。
「将臣くんの言葉、本当だったね~」
「ん?」
「生きてればまた会えるって」
それは春、再会した望美達と別れる時に言った言葉だった。
「……なあ。お前らは……」
「すー……すー……」
「なんだ、寝たのか……」
肩に寄りかかり、いつの間にか寝てしまった望美に苦笑して、そっとその髪を撫でる。
「あんまり無防備な顔見せてるなよ……。俺はもうお前を守ってやれないんだからな」
この世界に来る前は、当たり前のように傍にいた存在。
望美を守るのは幼い頃から将臣にとって当然のことだった。
けれど、今将臣には為すべき事がある。
この手で守ると決めたものがある。
望美も譲も、将臣にとっては大切なものだ。
それでも、この世界に一人辿り着いたあの日からずっと会いたいと願っていた存在でも、歩みを止めるわけにはいかない。
望美の傍には譲がいる。
だから大丈夫だと自身を納得させながら、それでもこうして傍にいる望美に切なさが募る。
「お前達は違うよな……?」
呟きもう一度髪を撫でると、その身を抱き寄せた。