焦燥

将望5

「望美、帰るぞ~」
「あ、今日は用事があるから先帰ってて!」

いつものように、同じクラスで幼馴染でもある望美に声をかけると、いつもとは違う返事。
家が隣同士で幼い頃からいつも一緒だった将臣と望美は、ごく自然に同じ高校へ通い、登下校も共にしていた。

「わかった」

部活動をしていない望美が放課後用事があるのは珍しいが、友達とカラオケでも行くのだろうと、別段気にもせず頷く。
いつもは他愛のない話題をかわしながら帰る相手が不在で、なんとなく違和感を感じながら帰宅する。
そうして普段通りに自室でくつろいでいると、窓に軽いノック。
時計を見ると夜の11時過ぎ。
こんな時間に、しかも2階の将臣の部屋の窓をノックすることが出来る者は一人しかいなくて、将臣は読みかけの雑誌を脇に置くと、立って窓を開けた。

「何だよ?」
窓の向こうには、風呂に入ったらしい石鹸の香りに包まれた望美の姿。
望美はにこにこと、少し興奮気味に話を切り出す。

「あのね! 実は今日、告白されたの!」
「告白って……誰にだよ?」
不機嫌そうに眉をひそめる将臣に気づかず、望美は嬉しそうに続ける。

「サッカー部の一之瀬先輩! 人気No.1のあの一之瀬先輩だよ!? すごいでしょ!」
「ふ~ん……で? 付き合うのか?」
「う、うん。どうしようかな~と思って……」
ちょっと迷っている顔の望美に、将臣がよっと窓をまたいで部屋に入る。

「将臣くん?」
「大声で話してっと近所迷惑だからな」

無難な言い訳をする将臣に、望美は素直にそうかと頷く。
さりげなくカーテンを閉めて、望美の部屋を見渡す。
昔はよく行ったり来たりしていたものだが、中学生頃から望美の部屋へ行くことはなくなっていた。
理由は、部屋で望美と二人きりになった時に、理性を保つ自信がなかったからだ。
久しぶりに入った望美の部屋は、将臣が知る記憶よりも可愛い小物やぬいぐるみが置かれ、女の子らしいものへと変わっていた。

「お前の部屋もずいぶん変わったよな」
「そう?」
将臣の言葉に、望美は瞳をくるくるさせる。

「で、その一之瀬先輩とやらと付き合うって返事したのか?」
「ううん。まだ。だって、全然話したことないし……」
望美の返答に安堵の吐息を漏らす。
しかし、そんな将臣の心中を知らない望美は、思わぬ言葉を続ける。

「でも、付き合ってみようかな~、って思ってる」

「んあ? お前、今話したこともないって言ってたじゃねーか」

「うん。それはそうなんだけど……」

「話したこともない奴と、いきなり付き合うのか?」

「それは将臣くんもそうじゃない」

言い返されて、ぐっと口をつぐむ。
望美への秘めた想いを、弟の譲への遠慮と、幼馴染の関係を壊すことを恐れて隠し続け、報われぬ想いから逃れるように言い寄ってきた女とほんの一時付き合うこともあった。

「俺はいいんだよ。今はお前の話だろ?」
「なんで将臣くんはよくて、私はダメなの?」
さらりと流したいと言うのに、望美は食いついて話を変えるのを許さない。
そんなやり取りに、苛立ってくる。

「あ~じゃあお前は、学校で一番人気があるって理由だけで、そいつと付き合いたいんだな? なら勝手にすればいいだろう?」

「そんな言い方しなくてもいいじゃない!」

「お前が俺にそんな話するからだろ!」

「だって言いたかったんだもん!」

「俺は聞きたくない!!」

苛立ち荒立った声に、望美が顔を強張らせる。
そんな望美の表情にハッと口をつぐむが、言った言葉は取り消せない。

「どうしてそんなに怒るの? 話したこともない人と付き合うのがそんなにいけない?」

「別に悪くはねーけどよ。お前がそんなに軽いとは思わなかったぜ」

「どこが軽いの!?」

「だから……!」

またも言い合いの様相になり、将臣は舌打つと椅子に座ったままぐしゃぐしゃと髪をかく。

「あ~もういい! お前が付き合いたければ付き合えばいいだろ? 俺には関係ないしな」
将臣の突き放した物言いに、望美も買い言葉で言い返す。

「そうだよね。私が誰と付き合おうと、将臣くんには関係ないものね」

ふんっと顔を背けると、後ろで息を呑む気配が伝わってくる。
いつもなら怒って辞してしまうのだが、今日は一向にその気配がない。
気になって振り返ろうとした瞬間、腰かけていたベッドに押し倒された。
驚き見上げると、目の前には怒りをあらわにした将臣の顔。

「な、何するのよ!」
内心の動揺を悟られないように、ちょっと声を荒げて言うが、将臣は怯むことなく見返すと、望美の首筋に顔を寄せる。
そのまま強く吸われ、望美がびくんと身を震わせた。

「ま、将臣くん!?」
押し返そうと肩を押すが、将臣の身体はびくともしない。
そのまま這うように舐められ、初めての感触にびっくりしていると、そっと手が胸のふくらみに触れる。

「や、ちょっと! 将臣くん!」
思いがけない行動に、望美は将臣を睨みつけるが、荒々しい愛撫は止まらない。

「もう! 本当に怒るよ!!」
「怒ってるのはこっちの方なんだよ」

幼馴染の悪ふざけに頬を膨らませると、怒気を含んだ声が返り、望美がはっとする。
むけられた将臣の眼差しがあまりにも強くて、抗議の言葉を飲み込んでしまう。
Tシャツの上からつんと硬くなった頂を舐められ、びくんと身体を震わす。
次々と湧き上がる初めての感覚に混乱していると、将臣の手が足をすすっと滑っていく。
その手が目指す先は、望美自身でさえ触れたことのない部分であった。

「これ以上はやだ!」
「付き合ったらこれ以上のこともするんだぜ?」

将臣の言葉に、望美が怯えた表情を浮かべる。
そんな望美に、感情を抑えるかのように瞳を閉じて俯くと、将臣が身を起こす。

「……付き合うってのは、こういうこともあるってことなんだよ。好きでもない相手と、お前はこんなこと出来るのかよ?」
「……」
黙り込む望美に、将臣はため息をつくと、カーテンを開いて窓を開ける。

「将臣くん?」
「後はお前が自分で決めろ。俺がどうこう言ったって、結局はお前の意思だろ?」
振り返らずに告げると、ひょいっと窓を飛び越えていく。

「……悪かった」

窓がしまる寸前の詫びに、望美が驚いて見つめると、目の前でがちゃりとしめられ、カーテンが引かれる。
仕方なく望美も窓を閉めてカーテンを引いた。
胸に手をやると、どくどくと早鐘を打っているのがわかる。
将臣の先程の行動の理由が分からなくて、望美は戸惑いを隠せなかった。
それでも、不思議と嫌な気持ちはなかった。
そしてふと気づく。

「好きでもない相手と……って、それじゃ将臣くんは私のこと、どう思ってあんなことをしたの?」

将臣の気持ちを知らない望美には、彼の言葉と行動が結びつかない。
もやもやとした気持ちを持て余しながら、望美はそのままベッドにもぐりこんだ。
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