「……ふう」
持っていた本を閉じた望美は、凝り固まった肩をほぐすように腕を伸ばす。
以前、ヒノエから借りた小説が読み途中だったことを思い出し、取り出すと夢中で読みふけっていた。
「もうお昼か。ご飯どうしようかな」
今日、父母は出かけていて、家にいるのは望美一人。
カップラーメンで済ませてしまおうかと、腰を上げた瞬間、携帯の着信音が鳴り響いた。
画面に表示されている名前は、幼馴染の将臣。
「はい。将臣くん?」
『お前、今暇か?』
「うん。どうしたの?」
『だったら、ちょっと付き合ってくれねえか』
「いいよ。どこに行くの?」
『お前、昼は食べたか?』
「ううん。これから食べようと思ってたとこ」
『だったら、外で食おうぜ』
「将臣くんのおごり?」
『仕方ねえな……いいぜ』
「やった!」
『じゃあ、迎えに行く』
「うん。急いで支度するね」
『手短にな』
うんと頷き電話を切ると、望美は急ぎクローゼットを開け、服を選ぶ。
そうして三十分ほどたって家を出ると、玄関の前に待ちくたびれた様子の将臣が振り返った。
「おいおい、支度に何十分かかるんだよ」
「女の子は準備が大変なの。急に誘う将臣くんが悪いんじゃない」
「へいへい。まずは腹ごしらえだな。駅前でいいだろ?」
「うん。デザートもよろしくね」
「お前、それはたかりすぎだろ」
「ふふ、冗談だよ」
笑う望美の手を取ると、びっくりしたように一瞬見上げるも、その手が払われることはなく、将臣はしっかり指を絡めて並んで歩く。
将臣が望美を誘ったわけは、想いを伝えるため。
将臣の望美に対する想いは、異世界に行く前と同じ……いや、それ以上の幼馴染を超えた想いだった。
一方望美はといえば、相変わらずその真意はわからなかった。
「ランチを食べたらどこに行くの?」
「そうだな……江の島はどうだ?」
「いいよ。カウントダウン以来だね」
「……さすがにもう、あいつらもいねえだろ」
「え?」
「いや、何でもない」
カウントダウンの時は、なぜか重衝と知盛兄弟に遭遇し、逃げ回った事を思い出し、苦笑いがこぼれる。
駅前でランチを済ませ、江の島に出ると、天気が崩れそうだからか、人影はまばらだった。
「展望台に行く? 将臣くんだけ、行ってないよね?」
「ああ、いい。興味ない」
異世界に行く前、譲と三人で行った時、沖縄に行く資金を貯めると、将臣だけは展望台に行っていなかったが、あの時と同じく首を振ると奥津宮へ歩いていく。
「将臣くん!」
「あ? どうした?」
「……手。繋いでいい?」
「別に、聞かなくてもいつも繋いでるだろ? ほら」
手を差し出せば、ほっと安堵する望美に微笑んで、二人並んで海を見る。
「俺とずっと一緒にいたいか?」
「もちろん」
「それって恋人としてか?」
「え?」
「お前は俺のこと、幼馴染としてしか思ってないか?」
「急にそんなこと言われても……困るよ……」
「お前がその気がないっていうなら諦めるさ」
突然の告白に戸惑う望美に苦笑すると、くしゃりとその頭を撫でる。
目の前にいるのは、見慣れていた21歳の将臣ではなく、望美と同じ17歳に戻った将臣。
それでも、その瞳に宿る熱は前とは違って、望美は今まで感じたことのない想いに戸惑った。
「……将臣くんのことは好きだよ。でも、この好きが幼馴染じゃない好きか、わからないよ」
「俺と手を繋いでも、前と同じか?」
問われ、繋いだ手を見つめて。どくん、と跳ね上がる鼓動に胸に手をやる。
「どうしてさっき、手を繋ぎたいって思った?」
「それは……また、将臣くんと離れちゃうんじゃないかって……」
「離れるのは嫌か?」
「嫌だよ。もう……あんな思いはしたくない」
時空の狭間での別れ。
源氏と平家、相容れない立場に、互いに大切なもののために……別れた。
二度の別離は、望美の胸に鋭い棘となって、抜けないままずっと苦しめていた。
「俺ももう、お前と離れたくない。――ずっと、傍にいてくれ」
抱き寄せたぬくもりが、何よりも大切で、手放したくない。
源氏の神子と還内府――対峙した瞬間を思い出し、望美はとっさにその背に指を絡めた。
この手を離したくない。
ずっと、傍にいて欲しい。
それは将臣と同じ想い。
そのことに気がついて、望美はぎゅっとその身を抱きしめた。
「私も……将臣くんが好きみたい」
「心許ねえな」
「そんなこといったって、今わかったんだから……っ」
「サンキュ」
抱き寄せる腕の強さは、将臣が望美に向ける想いの強さ。
それを意識して、鼓動がさらに高鳴っていく。
「すごい鼓動が早い」
「……っ、将臣くんのせいだよ」
「ああ、そうだな」
笑うと、腕を緩め顔を見つめ。
「責任とる」
短く呟くと、ずっと触れたかった唇に軽いキスをした。