跳ね上がった心で気付いた

将望49

「……ふう」
持っていた本を閉じた望美は、凝り固まった肩をほぐすように腕を伸ばす。
以前、ヒノエから借りた小説が読み途中だったことを思い出し、取り出すと夢中で読みふけっていた。

「もうお昼か。ご飯どうしようかな」
今日、父母は出かけていて、家にいるのは望美一人。
カップラーメンで済ませてしまおうかと、腰を上げた瞬間、携帯の着信音が鳴り響いた。
画面に表示されている名前は、幼馴染の将臣。

「はい。将臣くん?」

『お前、今暇か?』

「うん。どうしたの?」

『だったら、ちょっと付き合ってくれねえか』

「いいよ。どこに行くの?」

『お前、昼は食べたか?』

「ううん。これから食べようと思ってたとこ」

『だったら、外で食おうぜ』

「将臣くんのおごり?」

『仕方ねえな……いいぜ』

「やった!」

『じゃあ、迎えに行く』

「うん。急いで支度するね」

『手短にな』

うんと頷き電話を切ると、望美は急ぎクローゼットを開け、服を選ぶ。
そうして三十分ほどたって家を出ると、玄関の前に待ちくたびれた様子の将臣が振り返った。

「おいおい、支度に何十分かかるんだよ」

「女の子は準備が大変なの。急に誘う将臣くんが悪いんじゃない」

「へいへい。まずは腹ごしらえだな。駅前でいいだろ?」

「うん。デザートもよろしくね」

「お前、それはたかりすぎだろ」

「ふふ、冗談だよ」

笑う望美の手を取ると、びっくりしたように一瞬見上げるも、その手が払われることはなく、将臣はしっかり指を絡めて並んで歩く。
将臣が望美を誘ったわけは、想いを伝えるため。
将臣の望美に対する想いは、異世界に行く前と同じ……いや、それ以上の幼馴染を超えた想いだった。
一方望美はといえば、相変わらずその真意はわからなかった。

「ランチを食べたらどこに行くの?」
「そうだな……江の島はどうだ?」
「いいよ。カウントダウン以来だね」
「……さすがにもう、あいつらもいねえだろ」
「え?」
「いや、何でもない」

カウントダウンの時は、なぜか重衝と知盛兄弟に遭遇し、逃げ回った事を思い出し、苦笑いがこぼれる。
駅前でランチを済ませ、江の島に出ると、天気が崩れそうだからか、人影はまばらだった。

「展望台に行く? 将臣くんだけ、行ってないよね?」
「ああ、いい。興味ない」

異世界に行く前、譲と三人で行った時、沖縄に行く資金を貯めると、将臣だけは展望台に行っていなかったが、あの時と同じく首を振ると奥津宮へ歩いていく。

「将臣くん!」
「あ? どうした?」
「……手。繋いでいい?」
「別に、聞かなくてもいつも繋いでるだろ? ほら」
手を差し出せば、ほっと安堵する望美に微笑んで、二人並んで海を見る。

「俺とずっと一緒にいたいか?」

「もちろん」

「それって恋人としてか?」

「え?」

「お前は俺のこと、幼馴染としてしか思ってないか?」

「急にそんなこと言われても……困るよ……」

「お前がその気がないっていうなら諦めるさ」

突然の告白に戸惑う望美に苦笑すると、くしゃりとその頭を撫でる。
目の前にいるのは、見慣れていた21歳の将臣ではなく、望美と同じ17歳に戻った将臣。
それでも、その瞳に宿る熱は前とは違って、望美は今まで感じたことのない想いに戸惑った。

「……将臣くんのことは好きだよ。でも、この好きが幼馴染じゃない好きか、わからないよ」
「俺と手を繋いでも、前と同じか?」

問われ、繋いだ手を見つめて。どくん、と跳ね上がる鼓動に胸に手をやる。

「どうしてさっき、手を繋ぎたいって思った?」

「それは……また、将臣くんと離れちゃうんじゃないかって……」

「離れるのは嫌か?」

「嫌だよ。もう……あんな思いはしたくない」

時空の狭間での別れ。
源氏と平家、相容れない立場に、互いに大切なもののために……別れた。
二度の別離は、望美の胸に鋭い棘となって、抜けないままずっと苦しめていた。

「俺ももう、お前と離れたくない。――ずっと、傍にいてくれ」

抱き寄せたぬくもりが、何よりも大切で、手放したくない。
源氏の神子と還内府――対峙した瞬間を思い出し、望美はとっさにその背に指を絡めた。
この手を離したくない。
ずっと、傍にいて欲しい。
それは将臣と同じ想い。
そのことに気がついて、望美はぎゅっとその身を抱きしめた。

「私も……将臣くんが好きみたい」
「心許ねえな」
「そんなこといったって、今わかったんだから……っ」
「サンキュ」

抱き寄せる腕の強さは、将臣が望美に向ける想いの強さ。
それを意識して、鼓動がさらに高鳴っていく。

「すごい鼓動が早い」
「……っ、将臣くんのせいだよ」
「ああ、そうだな」
笑うと、腕を緩め顔を見つめ。

「責任とる」
短く呟くと、ずっと触れたかった唇に軽いキスをした。
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