Lovers of ten years after

将望48

かぶっていたヘルメットを取ると、ふわりと髪が風にさらわれる。
それに開放感を感じて、望美はうーんと強張っていた身体を伸ばした。

「将臣くんとこうして出かけるの、久しぶりだよね」

「そうか?」

「そうだよ。最近仕事が忙しかったから、将臣くんってば休みの日は家でゴロゴロしてばかりだったじゃない」

望美の抗議に将臣は苦笑すると、ほらっと近くの自販機で買ったペットボトルを放り渡した。

「風が気持ちいいね」
「ああ」

梅雨が終わり、本格的に夏となり、連日うだるような暑さが続いており、望美は毎日汗だくになりながら通勤していた。
猛暑と呼ばれる最近では夜もエアコンなしではいられなかったが、ここは高台だからか、風がよく抜け、心地よさを感じた。

「将臣くんはいいよね。通勤、バイクにしたんでしょ?」

「別に、バイクだって暑さは変わらないぜ?
メットは蒸すしな」

「それはわかるかも」

ついさっき、ヘルメットを外した時の開放感を思い出し頷くと、だろ? と将臣が笑いながら自分の分のペットボトルを傾け、コーラを飲む。

大学を卒業後、就職して。
お互い仕事に慣れた頃に、まるで世間話の延長のような、ロマンティックの欠片もないプロポーズを受けた。
けれどもそれも、自分たちらしく思えて、望美は差し出された指輪を笑顔で受け取った。
それからは、親への報告、式場探しとバタバタと過ぎていき、あっという間に結婚式当日を迎えた。
鶴岡八幡宮で式に向かおうとした二人の元に駆けつけてきたのは、遠い時空を超えた大切な仲間たち。
まさか朔たちが駆けつけてくれるなど、思ってもみなかったので、望美はそのサプライズを贈ってくれた白龍に感謝を込めて天を仰いだ。
この空があちらの世界とつながってるわけではないけれど、それでも想いはきっと届くと信じられるから、心からのお礼と、大好きの想いを込めた。
空から舞い降りる風花。
桜の花弁と交わるように降り落ちてきたそれが、白龍の祝福なのだとわかって、望美はありがとうと空に呟いた。

「お前、今仕事は暇か?」
「うん。今は大丈夫かな。将臣くんは?」
「俺も、ようやく落ち着いたところだ。で、いつにする?」
「いつって何が?」
「子どもだよ」
「え……」

どこか既視感を覚えていた会話の中に現れた、耳慣れない単語に固まると、混乱する頭の中で必死に会話を巻き戻す。

「ええっ!? ちょっと待ってよ、将臣くん」
「なんだ、嫌なのか?」
「嫌……じゃないけど……って、将臣くん! 全然進歩してないじゃない!」

プロポーズの時と同じく、あまりにも唐突で世間話のように振られたことに、望美はため息をつく。

「いきなり出来ましたじゃお前、大変だろ?」
「それはそうだけど……でも、そんな世間話みたいに言うことじゃないでしょ」
「別に、いつ言ったって同じだろ?」
「同じじゃない」

結婚も出産も大切なこと。
ざっくばらんな将臣の性格はわかっているけど、いつものようなノリで進めるのは違うと訴えると、将臣は表情を正し彼女を見た。

「……お前は欲しくないか?」

「それは……いつかは、って思ってたけど……」

「いつかっていつだよ?」

「そんなの、私だけで決めることじゃないでしょ」

「だから、どうだ? って聞いてるんだろ」

冒頭に戻る、の会話に、望美ははぁと息を吐くと、お茶を一口飲んで気を落ち着ける。

「お前が嫌だっていうなら、それでもいいさ。
二人で生きてくってのも悪くない」

「別に、嫌なわけじゃないよ」

「俺も、何が何でもってわけじゃない。ただ、俺とお前と子ども……そうやって命がつながっていくのも、いいもんだと思ってな」

将臣の言葉に、ふと思い出したのは以前、プロポーズを受ける前に将臣と交わした会話。
今までと変わらず傍にいることも、変えることも望美次第だと、将臣は言った。
将臣が望美といたいと思って、望美もそう思っていたら、それはきっとかなったのだろう。
けれども、それでは幼い頃からの関係と何ら変わることがないまま。
幼馴染の頃の『好き』という想い。
それとは別に、将臣を強く求める『好き』が、自分の中にあることに望美は気がついた。
ずっと一緒にいたい。
誰よりも、将臣の傍に。
その想いは今のまま留まるのではなく、変えていくことを望んだ。

「……私も、欲しい。将臣くんとの子」

結婚して、籍を入れて、春日から有川に変わった時から始まった、将臣と共に歩く新しい未来。
共にいることは変わらない。
将臣を愛してることも変わらない。
それでも、少しずつ変わっていくことだってあることを、望美は望んでいた。

「幸せになろうね」
以前は幸せにしてくれるかと、将臣に問うたけど、今は二人で幸せを作りたい。

「……ああ」
柔らかいまなざしに、愛してるの言葉と共に贈られる口づけは、あの日の誓いと新たな想いを確認するもの。

「……でも! 今すぐはダメだからね」
「なんでだよ」
「ここ、どこだと思ってるのよ!」

深くなる口づけと共に、妖しい動きを見せ始めた手をつねると、きりりと眉をつり上げる。

「それに、仕事の仲間にも迷惑かけちゃうから」

結婚してからも仕事を続けてきた望美。
何が何でも続けたいというわけではないが、いきなり辞めますというわけにもいかないだろう。

「妊娠しても続けることはできるんだろ?」

「うん。でも、つわりがひどいと迷惑かけちゃうし、出産後はしばらく休まなきゃいけないでしょ。その後どうするかだって決めないと」

「お前の好きにすればいい。続けたければ、俺も出来るだけサポートするぜ」

「うん……」

将臣のことだ。
その言葉通りに支えてくれるだろう。
今までのように。

「少し、考えてみていい? 急で、ちょっとすぐ決められない」

「ああ。そろそろいいかと思って、聞いておきたかっただけだからな」

「うん」

互いに仕事をしている身としては、無責任なことはできない。続けるにしろ、辞めるにしろ、迷惑がかからないようにしなくてはならないから。

「これからもよろしくね。旦那様」
「じゃあ、早速よろしくするか」
渡されたヘルメットに、その意図を感じて頬を赤らめると、バイクの背に乗りながら、でもまだダメだからねと呟いた。


【後日談】
「……将臣くんって意外と真面目だよね」
「意外ってなんだよ」

思い立ったら即行動派かと思いきや、思慮深い一面もある。
さっきの話での流れだったので、もしかしたらと警戒していたものの、逆に肩透かしを食らった状態に、望美は何でもないと誤魔化す。

「……これじゃあまるで、私の方が期待してるみたいじゃない」

社会人になった以上、無責任な行動はとれない。
理性はそう理解しているのに、心の片隅では将臣に求められたいと思う自分がいて。
着替えようとベッドから身を起しかけ……て、
天井を見上げる状態に目を丸くする。

「将臣くん?」
「お前が望むなら今すぐ期待に応えてやるぜ?」

囁きと共に腰を撫でる手を払えた理性はいつまでもつか。
将来設計を改めて早急に考え直すことを決めた望美だった。
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