「将臣くん、今日早く帰れる?」
簡単な朝食をとった後、珈琲を飲みながら問うと、テレビ画面に向けられていた顔が望美に向く。
「一段落したから大丈夫だと思うが、今日って何かあったか?」
「ううん。ここのところお互い忙しかったから、久しぶりに夕飯一緒に食べたいなって思って」
「じゃあ仕事終わったらどこかで待ち合わせるか?」
「今日は家で食べようよ。ゆっくりしたいし」
よほど仕事が早く終わらない限り、二人とも外で食べることの多い。
だからこその提案だったが何か隠しているらしい望美に、将臣は気になりながらもOKと頷いた。そうしていつものように駅で別れた望美は、普段なら仕事先に向かう足を今日は別の方へと向けた。
「先輩、おはようございます」
「おはよう、譲くん。急にお願いしちゃってごめんね」
「いいですよ。ちょうど俺も休みでしたから、気にしないでください」
優しく微笑む幼馴染に感謝しながら、望美は今日の戦場・キッチンへと向かった。
望美が譲の元へやってきたのは料理を教わるため。
結婚することが決まった時に手ほどきは受けたのだが、やはりそう短時間で上達するはずもない。けれども今日は何が何でもきちんとしたものを作りたくて、譲へ頼み込んだのだった。
「作るのはチーズケーキとローストビーフ、ミネストローネでいいんでしたよね?」
「うん。将臣くんの好物だよね?」
「そうですね。じゃあまずはケーキから作りましょうか。兄さんならベイクドよりレアの方が好きだったので、冷やしている間に他のを作るといいと思います」
「うん。頑張ります」
「材料は揃えておきました。まずは……」
丁寧に教えてくれる譲の協力を受けて、必死に料理を作っていく。
気づけば、空は茜色に染まっていた。
* *
「ふう……これで準備はOKだよね」
譲に送ってもらい帰宅した望美は、すぐに料理を並べてちょっと奮発したシャンパンも用意した。
「もうそろそろかな」
壁の時計を見つめながら、ミネストローネを温める。
しかし後は皿に盛るだけ、という状態になっても将臣は帰って来ず、連絡もない。
「残業になっちゃったのかな……」
学生の頃のように授業が終われば帰れるというわけではない。
張っていた気が緩んで、少し休憩とソファに身を沈めた。
* *
「すっかり遅くなっちまったな……」
同僚の手違いで仕事が長引いてしまった将臣は、携帯を手にすると手早くダイヤルした。
だが……。
「出ないな……」
何度コールしても繋がらない電話に諦め、家へと帰る。
ドアを開けると、いいにおいが鼻をついた。
「ん? これはミネストローネか?」
好物であるミネストローネの匂いに空腹を訴える腹が鳴る。
キッチンを覗くと、ソファで転寝している望美の姿が目に入った。
「望美?」
「すー……すー……」
「……寝てるのか」
所狭しと並べられた料理に、そっとその肩を揺さぶった。
「望美」
「う……ん……将臣、くん?」
「悪かったな、遅くなって」
「残業だったの?」
「ああ」
まだぼんやりしている望美に詫びると、将臣はテーブルの上の料理に視線を移す。
「これ、お前が作ったのか?」
「うん。譲くんに教えてもらったの」
「譲に? お前、今日仕事じゃなかったのかよ」
朝、同じように家を出たのにと問えば、今日は休みだったのと望美が身を起こした。
「問題です。今日は何の日でしょう?」
「は?」
突然の質問に面食らうと、記念日を頭の中で羅列する。
「誕生日、じゃねえな。結婚記念日でもない……」
「やっぱり覚えてない」
「悪い」
お手上げの様子の将臣に、しかし望美は予想していたのか怒る様子はなかった。
「婚約記念日だよ」
「それも記念日になるのか?」
「私にとっては嬉しかった日だから」
望美の言葉に目を見開くと、ふっと表情を緩めて頭を撫でる。
「そっか……」
「今温めるから、将臣くんは着替えてきて」
「ああ。その前に……」
キッチンに向かう姿を抱き寄せると、その唇に口づける。
「愛してる」
ストレートな言葉に、望美は頬を染めると、私もだよ、とキスを返した。