「で、いつにする?」
まるで世間話のようなプロポーズに、嬉しいやらムッときたりした望美だったが、きちんと用意されていた婚約指輪に将臣が軽い気持ちで言ったわけではないことは分かったていた。
「双方の親に何て言おう」
「そのまんまでいいんじゃないか?『結婚します』で」
「将臣くん、もう少し真面目に考えて」
「考えてるって。あー親父にはどうするかな」
「おじさん、また海外出張なんだよね?」
「ああ。確か暮れには帰ってくるはずだぜ」
「じゃあまずはおばさんに話して、帰国後におじさんに話して、その後うちの親でいいかな」
「そっちが先でもいいぜ?」
「こういうのは男の方からでしょ」
「そういうもんか?」
「そういうものです」
ぴしゃりと言い放つ望美に苦笑しながら、そっとその手をとって左薬指に飾られた赤い石を撫でる。
万が一の時のためにと、清盛がくれた宝石。
それはずっと将臣を見守っていた、彼の一部のようなものだった。
「ずっと一緒にいようね」
それは数日前にも耳にした言葉。
幼い頃と変わらない、けれどもずっと先の未来も共にと願う永遠を誓う言葉。
「ああ……」
同意をこめてその肩を抱き寄せて。
その唇に一足早く誓いをたてた。
それから数週間後。
海外出張から帰ってきた将臣の父に結婚の意思を伝えようと、望美は有川家にいた。
「なに緊張してんだよ。俺の親父なんて昔っから知ってるだろ?」
「そうだけど……仕方ないじゃない」
見知らぬ仲ではないけれど、やはりこういう報告は緊張せずにはいられない。
「将臣くんは全然緊張してないね」
「いまさらだしな」
「なによ、いまさらって」
将臣が口を開きかけた瞬間、リビングの扉が開き、将臣の両親が現れた。
「望美ちゃん、いらっしゃい」
「お邪魔してます」
「今日は嬉しい報告があるようだね?」
「ああ。こいつと結婚することにした」
「将臣くん!」
「おお、ようやく決めたのか」
「……え?」
あまりにあっさりとした将臣の言い様に反論しかけた望美は、将臣の父親の反応にきょとんと顔を見返した。
「なかなか言いださないから、そろそろ母さんをけしかけようかと思ってたんだぞ」
「あなた達、昔からずっと一緒だったものね。将臣でも譲でも、望美ちゃんはうちのお嫁さんになると思っていたのよ」
「は、はあ……」
「な?」
有川家ではとうの昔に望美が嫁にくることは決定事項だったらしいと知り、望美はただ笑うしかない。
「望美ちゃんのご両親には報告したのか?」
「いや、父さんたちの後に行こうと思ってる」
「それなら早くしなさいね。あちらもいつかしらって楽しみにしてたもの」
その後、改めて両親を連れて挨拶に来た将臣への春日家の反応は有川家同様で。
「いつ結婚するのかしら? って思って待っていたのに、二人ともなかなか言い出さないんだもの」
「それは、お互い就職してきちんと足場を固めてからって……」
「うふふ。でもよかったわ。有川さん、これからもどうぞよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、またゆっくりお食事でもご一緒にどうかしら」
「それなら、よければこれからどうです? 祝い酒と行きましょう」
「いいですね」
本人達そっちのけで盛り上がる両家の親に苦笑するしかない状況。
両家公認――こうしてすんなりと将臣と望美の婚約はなされたのだった。
「はあぁ~……」
「おいおい、でかいため息だな」
「なんだか緊張してたのがバカみたいにスムーズで、拍子抜けしちゃった」
「だから言っただろ。『いまさら』だってな」
幼い頃から交流のある両家。
将臣や望美の中で淡く育ち始めていた恋心は、親にはお見通しだったらしい。
階下から聞こえる賑やかな笑い声に、望美は苦笑しながら将臣を見た。
「でもよかった。どちらも喜んでくれて」
「そりゃあ喜ぶだろ。お袋なんか、いつも『望美ちゃんが娘だったら良かったのに』って言ってたからな」
「うん。将臣くん」
「ん?」
「これからもよろしくね」
「……ああ」
顔を見合わせ微笑みあって。
それから結婚式の日取りや新居などを決めて迎えた翌年の春、二人は鶴岡八幡宮で挙式をあげた。
駆けつけてくれた大切な友人たちの祝福を受けて、夫婦として新しい関係が始まるのだった。