落し物

将望12

「屋敷の探索ですか?」
庭に出たところで声をかけられ、将臣は後ろを振り返った。
柔和な笑みを浮かべて佇む弁慶に、にやりと口の端をあげる。
見知らぬ場所での身の安全を確認していた将臣を見止めた、この弁慶という男。
望美を守る八葉の中で、一番の曲者だと将臣はにらんでいた。
その通り、こうして屋敷を見回っている彼を、すぐに見止めたのは弁慶だった。

「ああ、こんな立派な屋敷は物珍しくてね。ちょっと探検させてもらってた」

「そういえば君も、望美さんと同じく異世界からいらしたんですよね」

あくまで柔らかい物腰を変えない弁慶に、将臣も平静を装い言葉を返す。
一つ一つの他愛無いやり取りが、お互いの素性を探る手段になる。
そんな静かな戦いが繰り広げられているところに、彼らの大切な神子姫の声が響いてきた。

「将臣く~ん!」
呼ばれて辺りを見渡すが、望美の姿はどこにも見えず。

「ここだよ~!」
もう一度響いた声に上を見上げると、二人は呆然と目を見開いた。

「望美さん!」
「お前……何でそんなとこ上ってんだよ!?」
「洗濯物がとんでっちゃって、取ろうと上ったまではいいんだけど……」
「降りられなくなったわけか」

半べそ状態の望美に、将臣が苦笑を漏らす。

「望美さん、すぐ傍の枝に足をかけられますか?」
弁慶の言葉に、望美はふるふると首を振る。
思ったよりもずっと高いようで、恐怖心で固まっているのだ。

「……ったく、仕方ねぇな」
がしがしっと頭をかくと、将臣が木に足をかけて上っていく。

「将臣くん!」
たどり着くと、うっすら涙を浮かべた望美が飛びついてきた。

「お前、昔っから上るまではいいんだけど、必ず降りられなくなって泣いてたもんな」

「だって大丈夫だと思ったんだもん」

「最初っから誰か他の奴に頼んで取ってもらえば良かったじゃねーか」

「ダメ! それは絶対出来ないもん!!」

将臣の言葉に、望美が真っ赤な顔で首を振る。

「なんでだよ?」
「ダ、ダメなもんはダメなの!!」

手の中の洗濯物をぎゅっと握り締めて顔を赤らめる望美に、悪戯心がわきあがる。

「そんなに嫌がる洗濯物って何だよ?見せてみろ」
「ダメったらダメ!」

洗濯物を奪い取ろうとする将臣に、望美が必死に後ろ手に隠す。
慌てて後ずさった瞬間、望美がバランスを崩した。

「きゃっ!」
「望美!」
「望美さん!」
三人の声とばさばさと大きな物音が響き渡る。 下で望美を受け止めようとした弁慶は、望美を抱きかかえた将臣を見上げた。

「……っぶねえ」
「あ、ありがと」
「お前な~。木の上で暴れる奴がいるか」
「だって、将臣くんが無理矢理取ろうとするから……っ!!」

片腕で枝を掴みながら、望美の上半身を抱える将臣に、下から弁慶が声をかける。

「将臣くん、僕が受け止めますからそのままゆっくり望美さんを離して下さい」

弁慶が腕を広げるのを見て、将臣はゆっくりと腕を離した。
ぼふんと弁慶の腕に抱きとめられる望美。

「望美さんは本当に無茶をしますね」
「ご、ごめんなさい」
恥ずかしそうに頬を染める望美に、弁慶が苦笑を漏らす。

「そういえば、珍しい装いをされていますね?」

普段は着物に異世界のスカートというものを合わせた衣装を着ている望美が、今日は着物を着ていた。
弁慶の指摘に望美が慌てると、木の上から将臣が下りてきた。

「洗濯物は無事取れたのか?」
「うん」
聞かれて望美が頷いて手を見るが、そこにあるはずの洗濯物の姿がない。

「あ、あれ?」
辺りをきょろきょろ見渡す望美に、弁慶が斜め前を指差す。

「もしかして、あそこに落ちているのがそうじゃないですか?」
「え? あ!」

失くした洗濯物を見止めるのと、それを将臣が拾い上げるのが同時だった。

「あ~! 将臣くん、見ちゃダメ~!!」
「あぁ? 何をそんなに慌ててんだよ……」

望美の慌てように首を傾げながら、何気なく広げたそれは、小さな布地に可愛いリボンがついた三角の下着。

「……!」
「将臣くんの馬鹿~!!」

急ぎ駆け寄り下着を奪い取ると、望美は真っ赤に涙を浮かべてながら、脱兎のごとく去っていく。
その場に残された二人は、あっけに取られ立ち尽くしていた。
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