月に弓なすものの痛み

将望13

将臣はじっと焼かれた村を見つめていた。
野党に襲われた村1つ救えない、己の無力さが悔しかった。
そんな将臣に、闇に溶け込むような漆黒の外套を纏った弁慶が歩み寄る。

「君はどこの手のものですか?」
「お前たちこそ何者なんだ?」

弁慶の問いに、問いで返す。
わずかな間とはいえ、行動を共にしていて互いに只者でないことは分かっていた。
だが将臣が表立って名乗れるはずもなく、それは弁慶にしても同じだった。

「自分の素性を明かせない以上、相手に問うのもなしだな」
「そのようですね」
ふっと不敵に笑う将臣に、弁慶も腹の底の見えぬ笑みを浮かべる。

「では質問を変えましょう。君は望美さんの味方ですか?」

「……俺はあいつを守りたい。だがこっちにも事情があって、ずっと傍で守ってやることは出来ねぇんだ」

苦悩を滲ませ、将臣は視線を落とす。

「君がたとえ僕たちの敵となっても、僕には君を責めることは出来ません。
僕とて君を偉そうに糾弾出来るような立場ではありませんからね……」

含みをもった弁慶の言葉に、将臣は怪訝そうに眉を寄せる。

「お前はあいつの味方じゃないのか?」
「僕は……この戦いを終わらせたいんです」

はぐらかされた答えに、将臣は探るように弁慶を見つめた。
だが、穏やかな笑顔をいつも浮かべている目の前の男の心情を読むことは出来なかった。

「俺は戦いをなくしたい。そのために自分が信じる道を進むと決めたからな」

「目的が同じならば、同じ未来を見られるかもしれませんね」

同意を示しながらも、やはりその裏に別の何かが感じられて、将臣は弁慶に対する疑惑を払えず、唇をかみ締めた。
出来れば望美を戦いなんかに巻き込みたくはなかった。
だが、神子として選ばれた望美にはそれは許されず、また彼女を守るべき八葉に選ばれながらも、将臣は傍で守ってやることも出来なかった。

「……あいつの喉元に噛みつくような真似をしたら、俺が許さないぜ」

「君がそれをするやも知れないのでは?」

険しい瞳で声低く警告すると、弁慶が毒をもってそれに返す。
弁慶の言葉を否定することも出来ず、将臣はぎりっと歯を食いしばった。
望美を悲しませたくない。
だがその想いと同じくらい、譲れない願いが将臣にはあった。
平家を滅亡の運命から救う。
この世界にやってきた時、見知らぬ将臣を受け入れ、仲間としてくれた平家一門をどうしても守りたかった。

「僕も望美さんを泣かせたくはありません。咎人たる僕は神に願うことさえ許されませんが……」

わずかに苦悩が滲んだ声に、将臣は真意を測るかのように弁慶を見つめた。

「俺がいない間、あいつを守ってやってくれ」
「もちろん、彼女は僕達の大切な神子ですからね」

腹の底の見えぬ相手に大切な少女を託さねばならない。
そのことが悔しくて、将臣はその感情を振り払うように背を向けた。
その背中にはとても重いものがのしかかっているようで、見送りながらふっと苦い笑みを浮かべた。

「僕もずっと彼女の傍にいたい。だけど、それは許されない望みなんです」

呟きは闇に溶けて消えていく。
将臣と弁慶の望みは同じだった。
望美を守りたい。悲しませたくない。
だが、それと同時にどうしてもなさねばならぬことが二人ともあった。

「いつかまた、僕は君を悲しませてしまうのでしょうね……」

眠りながら涙を流していた望美。
その涙はあまりにも美しくて、弁慶の心をどうしようもなく惹きつけた。
それでもその想いから目をそらし突き進んでいく。
過去の罪を償うべき時は、もう目の前に迫っていたのだから――。
Index Menu ←Back Next→