未来を信じて

九望6

厳島決戦直前、景時と弁慶に鎌倉から遣わされた御家人への警戒を促され、しかし兄への想いから彼らの言葉を退け去っていた九郎のことが気になり、望美は彼の後を追っていった。

『一軍の将としては本心を語れぬこともある』
そう呟いたリズヴァーンの言葉が思い返される。

(九郎さん、もしかしたら皆が言いたいこと、
本当はわかっているんじゃ……)

この運命に上書く前、頼朝に謀反の罪を着せられ九郎は処刑されてしまった。
その最悪の結末が脳裏に思い出されて、望美は胸の痛みを堪えながら九郎の姿を探す。
と、一人船で沈む九郎を見つけた。

(やっぱり……)
小さく漏れ聞こえた呟きは兄に対する不安で、望美は瞳を閉じると胸の記憶を隠し、笑顔を浮かべ歩み寄る。

「九郎さん」

「望美か。もうすぐ戦が始まる。今のうちに休んでおけ」

「うん、休んでるよ。今は神子は一時お休み。だから九郎さんも今だけ源氏の将をお休みにしたらどうですか?」

望美の言葉の意がわからず、九郎が訝しげに見つめる。
そんな九郎から目をそらさずに続ける。

「今だけ、源氏の将じゃない九郎さんになれたら。そしたら……悩んでることだって言ってもいいと思うから」

瞳を見開く九郎に、柔らかく微笑む。
そんな望美にふっと九郎の顔が和らぐと、苦笑がもれた。

「……お前は不思議な奴だな」
心の葛藤を見抜かれた九郎は、まっすぐに望美を見つめ口を開いた。

「前の戦いの後、お前は俺に聞いたよな。この戦が全て終わった後の未来のことを。あれから先のことを良く考えるようになったんだ」

「考えたらどうだったの?」

「不安……だな」

九郎の返答に、望美は内心でやっぱり……と俯く。
景時や弁慶が心配するように、九郎の存在はいまや頼朝にとって危ういものでしかなく、それは九郎本人もわかっていたのである。
ただ、慕っている兄との決別など思い描きたくなくて、必死に目をそらしていただけなのだ。

「今まで平家を倒せば戦が終わって平和になると思っていた。兄上が治める平和な国になると」
一気に話し口をつぐむと、一呼吸置いて再び続ける。

「だが、その国に俺はいるんだろうか? 気がついたんだ。俺は戦場しか知らない人間だ。戦場以外に居場所はないのかもしれない」

「戦が終わったら敵がいないのに?」

「敵ならいるさ……俺が。俺のために戦が続くかもしれない」

苦悩をにじます九郎に、望美が言葉を紡ごうとするが、溢れ出る不安が九郎の口を常になく滑らかにする。

「怖いんだ。この戦に決着がつくのが……俺が兄上に必要とされなくなる未来が」
「九郎さんなら大丈夫だよ」
さらりと返すと、九郎がキッと望美を睨む。

「今も兄上を疑っている、自分に震えているこの俺が大丈夫だと? お前に何がわかるんだ!?」

「わかるよ。ずっと一緒にいて、九郎さんを見てきたから」

曇りのない翡翠の瞳で、九郎をまっすぐ捉える。
思わず息を呑んだ九郎に、望美は最高の笑みを浮かべた。

「九郎さんなら何があってもちゃんと乗り越えていけるよ」

――そう私は信じてるから。
言の葉にのせなかった想いを、しかし九郎はしっかりと受け止め苦笑する。

「……参ったな。お前にそんな風に言われてしまったら――迷っている俺が馬鹿みたいじゃないか」
不安に揺れていた瞳に光が戻るのを見て、望美はふわりと微笑んだ。
九郎さんなら大丈夫。
私がきっと守ってみせる。
だから―――。

「未来を信じて。私と九郎さんの未来を」

まっすぐ向けられた瞳を、九郎が受け止め頷く。
今は前を向いて進むしかない。
その先に何があろうとも、私が信じる未来をあなたと共に歩くために―――。
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