陽だまりのひと

九望4

「柿……鍛錬……リズ先生……」
ブツブツと呪文のように呟いている望美を、傍らで夕飯の仕込をしていた譲は不思議そうに振り返った。

「先輩? どうかしたんですか?」
「ん~九郎さんが好きそうなものを考えてたの」
可愛い眉をしかめながらの望美の返答に、先程の呟きを思い出す。

「柿は私があげなくてもいつでも食べてそうだし、鍛錬はプレゼントじゃないし、まさかリズ先生あげるわけにもいかないし……う~ん」

「どうして九郎さんの好きなものなんて知りたいんですか?」

「もうすぐ誕生日なんだって」

弁慶から聞いた九郎の誕生日は霜月の9日。

「もう今日をいれても3日しかないんだもん。
次の市が立つ日じゃ間に合わないし何をあげればいいのかな~?」

良い手立てが浮かばず、望美は深いため息をつく。
平家に不穏な動きがあると聞き、鎌倉にやってきた望美達。
京でも鎌倉でも、源氏の総大将としていつも頑張っている九郎への労いと励ましを込めて、誕生日を祝いたいと思ったのだが――。

「私、全然九郎さんのこと知らないんだよね」
いざ好きなものをと考えて、九郎のことを何も知らない自分に落ち込んだ。

「それだったら、その日にご馳走を用意しないといけませんね」
譲の提案に、望美がぴくんと反応する。

「それだ!」
「はい?」
「譲くん、私に料理を教えて!!」
がしっと手を握られ、譲が困ったように望美を見る。
今まで料理をほとんどしたことのない望美に、現代とは勝手の違うこちらの厨で、果たしてまともな料理を作れるのだろうかとの心配がよぎる。

「先輩、今まで料理したことあまりないですよね?」
「うん。だから教えて欲しいの」
必死の眼差しに否とは言えず、譲がこくりと頷いた。

「わかりました。何を作りたいんですか?」
「こっちの世界にないもので、私が作れそうな簡単なものってなんだろう?」
自分の腕前を重々承知している望美の言葉に、譲は苦笑しながら助け舟を出す。

「それならオムライスはどうですか?」

「オムライス? こっちでも作れるの?」

「ええ。卵はありますし、ケチャップもトマトから自分で作ればいいですし」

オムライスを食べてる九郎の姿はなんだか可愛くて、望美はぱあっと顔を輝かせて頷く。

「うん! オムライスの作り方教えて!」
「じゃあ、こっちにきてください」
譲に案内され厨へ着くと、オムライス作りに奮戦するのだった。

 * *

「九郎さん!」
「望美か。どうかしたのか?」
にこにこと嬉しげな様子で現れた望美に、九郎は手にしていた書状を傍に置くと向き直った。

「今大丈夫ですか?」

「ああ。ちょうど一区切りついたところだ。何か用か?」

「ちょっと一緒に来てください」

「の、望美っ!?」

ぐいっと腕を引く望美に、九郎が驚く。
そうしてとある部屋の前に連れてこられた九郎は、ようやく止まった望美を訝しげに見つめた。

「おい、一体なんなんだ?」
「入れば分かりますよ」
促され戸を開けた九郎は、驚き目を見開いた。
部屋の中には仲間達が一同に介し、その前にはご馳走が並べられていたのである。

「これは……?」
「お誕生日おめでとうございます!」
笑顔の言祝ぎに、九郎がわけがわからず瞳を瞬く。

「たん、じょうび?」

「俺たちの世界じゃ生まれた日を誕生日と言って、皆で祝う習慣があるんだよ」

「姫君主催のお前のための宴だよ。さあ、そんなところに突っ立てないで座れば?」

将臣とヒノエの説明に、九郎は望美に押されながら上座に着く。

「この前、九郎さんの誕生日を弁慶さんに教えてもらったんです。九郎さん、いつもものすごく
頑張っているから、少しだけ息抜きになったらいいなぁって思ったんです」

「望美……」

呆然としている九郎の前に、譲がオムライスを運んでくる。

「これはなんだ?」
「俺たちの世界の食べ物でオムライスというんです。――先輩が作ったんですよ」
「望美が?」
譲の言葉に、驚き傍らの望美を振り返る。

「贈り物色々考えたんですけど、時間がなくて買うことが出来なかったんです。だから譲くんに教わって作ってみました」

照れくさそうに微笑む望美に、九郎は改めて目の前の料理を見つめた。
卵で覆われたその料理には、赤いもので『おめでとう』と書かれていた。

「しかしオムライスって、子供向けじゃねーか?」
「いいでしょ!」
お子様ランチを思い起こさせるそれに将臣が茶化すと、望美が頬を膨らませ反論する。

「姫君の手作りなんて、俺ならどんなものでも喜んで食べるけど」

「さあ、九郎。温かいうちに頂いたらどうですか?」

「あ、ああ」

戸惑いつつさじを入れると、中から赤いご飯が出てくる。
見たことのないその料理に戸惑うが、望美の好意をむげにするわけにもいかず、譲が教えたのなら大丈夫だろうと意を決して口に入れた。

「……どうですか?」
不安そうに問う望美に、九郎がふっと顔をほころばす。

「うまい。ありがとう、望美」
九郎の言葉に、望美がほおっと安堵の息をつき微笑む。

「良かった、食べてもらえて」
「望美は料理が上手なのだな」
「譲くんの教え方が上手なんです」

えへへと照れくさそうに笑いかける望美に、譲もほんのり目尻を染めながら眼鏡を直す。
自分が生まれたことをこれほどまでに喜び、祝ってもらったことは今まで一度もなかった。
望美の思いが、仲間から贈られる言祝ぎが、九郎の心をこの上もなく幸福に満たす。

「ありがとう、望美」
多くの幸せを運んでくれた陽だまりのような神子に、九郎は心から感謝した。
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