鎌倉と平泉の和議が成るのを見届けて出立した私たちは、大陸に渡る前に祖国を記憶に焼きつけようと、各地を旅して歩いた。
京では桜を見ながら思い出を語り、夏は川辺で涼み、秋は木々の彩りを見ながら市で秋の旨味を味わってと、行軍していた頃には考えられないぐらい九郎さんと二人で時には手を繋ぎ歩きまわった。
その事が嬉しくて楽しくて、だから感じていた不調もただの疲れだとそう思っていたのだけれどーー。
「…………?」
一瞬目の前が暗くなって、気づいたら九郎さんに抱き留められていて、状況が分からずに彼を見る。
「あれ……? 私……」
「大丈夫か? 急に意識を失ったから驚いたぞ」
「え? 倒れたんですか、私?」
「覚えていないのか」
九郎さんの言葉に、けれども気を失った前後の記憶が曖昧で答えを返せない。
「すみません、重いですよね。すぐにどきま……」
慌てて身を起こそうとしてうまく力が入らず、再び腕の中にもたれかかってしまう。
「起き上がれないのか? ……急にどうしたというんだ」
「すみません、そんなに疲れてたのかな……」
眉を潜める九郎さんに、体調管理を怠ったことが申し訳なくため息をつくと、譲くんが駆け寄ってきた。
「近くに宿が取れたのでそこで今日は休みましょう。先輩、歩けますか?」
「いや、俺が抱えていく」
「え? 九郎さん?」
「文句は聞かないぞ。身も起こせない奴に無理などさせられないだろう」
そう言ってさっさと抱き上げられて、私は仕方なく九郎さんの肩に手を回す。
「すみません……あの、重かったら無理しないでくださいね?」
「お前一人抱えられぬほど非力じゃない」
気恥ずかしさからの言葉も九郎さんには皮肉めいて聞こえてしまったようで、ムッと寄せられた眉にそうじゃないのにとため息をつく。
宿についてからは先に朔が用意してくれていた褥に横になるが、どうしようもなく身体が重くて仕方ない。
「まさか妊娠とか言わねえよな?」
「ばっ……! そんなわけないだろう!」
将臣くんの冷やかしに九郎さんが真っ赤な顔で反論するのを見ながら、これは覚えがあるとはたと気づく。
「これ……平泉の時と同じかも」
「平泉の時……ってまさか呪詛の影響ですか?」
「うん」
平泉の呪詛もなくなり、平家との争いもなくなり、五行の流れは正されたはず。
現に白龍は本来の姿に戻って天に帰ったし、他の異常も聞いてはいなかった。
「望美さんの考えは正しいかもしれません」
「弁慶。戻ったのか」
「すみません、遅くなりました。望美さん、少し容態を診せてくださいね」
弁慶さんに脈や顔色など確認されている間も怠さは抜けず、意識が遠退きそうになる。
「……町の噂を小耳にはさんだんです。ここ最近、町外れで怨霊を見たと」
ひとしきり診察を終えた弁慶さんは、町で仕入れた話を聞かせてくれる。
「もしかしたら戦の最中に残った呪詛の種があるのかもしれないな」
「ええ。だから、明日はその確認をしてみてはどうでしょう」
「オウケイ。じゃあ今日は解散だな」
算段がつくとさっさと将臣くんは男部屋に去っていって、朔と譲くんは何か元気が出るものを作ると厨へ行き、弁慶さんももう少し詳しく調べてみますねと出ていって、九郎さんと二人きりになる。
「……つらいか?」
「少し怠いけど大丈夫ですよ」
「すまない。お前の不調に気づかずに連れ回した俺の落ち度だ」
「九郎さんのせいじゃないですよ。実は少しおかしいなと思ったんですけど、疲れかなって流しちゃったんです」
「馬鹿! 不調を隠す奴があるか!」
「だから、ごめんなさいって謝ってるじゃないですか!」
ついいつものように言い合いに発展してしまい、戻ってきた朔に病人相手に何をしているんですかと怒られてしまい、九郎さんが申し訳なさそうに俯く。
「とにかくゆっくり休め。白龍の神子は気の影響を受けやすいと先生も言っていたからな。この地に来たばかりで歪んだ気の影響を受けたんだろう」
「はい。すみません……」
「いや、長居してすまなかった」
優しく頭を撫でてから出ていった九郎さんは本当に心配そうで申し訳なくなる。
「タイミング悪いなぁ……」
白龍の神子は異世界から召喚されるためか、気に馴染むのに時間がかかるらしく、また穢れにも弱いため、八葉が欠けた現状ではこの地のように呪詛の種のせいで陰陽の理が乱れているともろに影響を受けてしまうらしい。
五行の流れが正常に戻り、白龍も力を取り戻したというのに、一人迷惑をかける白龍の神子ゆえの身が煩わしかった。
「先輩の好きな茶漬けを作ってきたんですが食べれますか?」
「あ! これ、私が好きな焼おにぎりのだよね? 食べる!」
元の世界で将臣くんがバイト先の賄いに食べたというこの茶漬けの話に、譲くんに頼んで作ってもらってからはすっかりお気に入りの一品だった。
「ふふ、良かったわ。食欲があって」
「あつっ!」
「先輩、そんなに慌てないでゆっくり食べてください」
朔に介助されながら茶漬けを食べると、身体の奥から温まる。
すべて腹に納めて横になるとすぐに眠気がやって来て、眠りなさいと朔に促されるままに寝落ちる。
翌朝になっても身体の怠さは抜けなかったが、弁慶さんが持ち帰ってくれたご神水のおかげで少しだけ楽になり、確認がすんでからでもいいだろうと渋る仲間に、二度手間は面倒だと諭して共に怨霊の噂のある町外れにやってきた。
「望美、お前はギリギリまで後ろにいろ。封印だけで十分だ」
「わかりました。九郎さんもみんなも気をつけてね」
「ああ」
将臣くんと九郎さん、銀が先導するように前を、弁慶さんや譲くん、朔は私を守るように傍に、先生と敦盛さんが後ろを守りながら、怨霊が出現した場所を目指す。
ぞわりと穢れの気配に身を震わせると、皆が一斉に戦闘体勢に入る。
空気が淀み、集まった瞬間怨霊たちが現れて、奇声を上げて襲いかかってきた。
一体、二体と斬るもうねる触手が厄介で、譲くんの矢も定められない。
木には金だと、先生と譲くんが技を奮うと大きな悲鳴を怨霊が上げて、弱まった気配に将臣くんが振り返った。
「望美、いまだ!」
「めぐれ、天の声。響け、地の声。かのものを封ぜよ!」
朔と手を繋いで封印の力を放つと清浄な光が眩く怨霊を包み込んで、キラキラと欠片が空に舞う。
それを見守っていた朔は、静かになった空間である箇所を指差した。
「そこに……」
「これですね」
朔の示した場所を掘り返した銀が見つけたのは、平泉で見たものと同じ呪詛の種。
それに触れると一瞬にして消え去って、辺りの空気の乱れが正常に戻っていく。
「どうだ、望美」
「怠さはなくなりました。もう大丈夫です!」
気遣う九郎さんに微笑むと手を取られて、一瞬後には変化した体勢に遅れて事態を悟る。
「く、九郎さん!?」
「呪詛がなくなったとはいえ、弱っている身で封印の力を使ったんだ。宿まで連れていく」
「だから、大丈夫ですって! 恥ずかしいから下ろしてください!」
「恥ずかしさより自分の身を心配しろ。お前はどうも慎重さに欠けるからな」
「だから……っ!」
言い合う私たちに皆は微笑むと、犬も食えないからな~なんて笑いながらさっさと歩いていってしまい、暴れて転げ落ちそうになったことを九郎さんに怒られ、しばらくその場で言い合っていた。
20181217