【注意】このお話は『景時の災難』 の続きとなっております。
「なあ、弁慶」
「はい?」
書物に目を落としていた弁慶は、同じくリビングでくつろぐ九郎の呼びかけに顔を上げた。
「なんですか? 九郎」
「その、さっき望美は何を怒っていたんだ?」
赤い顎をさする将臣と、憤慨した望美。
その直後にやってきた九郎には、事の顛末が理解できずにいた。
「あぁ、そのことですか」
「譲に聞いても顔を赤くするだけで教えてくれんし、望美は怒っててとても聞ける雰囲気じゃない」
ここでヒノエを選ばない辺り、九郎もちゃんと人を選んでいるらしく、弁慶がふふっと笑みを漏らす。
「なんだ?」
「いえ、大したことではないんですよ」
前置きした上で、覗き見ていた様子を話す。
「どうも景時が朔殿を怒らせてしまったようで、気に病む景時を望美さんが慰めていたんです」
「それでどうして将臣がひっくり返っていたんだ?」
九郎が最初に目にしたもの、それは床に転がる将臣の姿だった。
「あれは将臣くんがちょっと悪戯が過ぎたからですよ」
「悪戯?」
「聞きたいですか?」
せっかく問うたのだ。
最後まで知りたいと頷く。
「ふふ、九郎には少し刺激が強いと思うんですが……」
「お前はどうも前置きが長すぎる。いいから早くしろ」
苛立ちをあらわに先を促す九郎に、弁慶は口の端をあげて言葉を続ける。
「将臣くんが望美さんに不埒な行いをしたからですよ。彼女の服をまくしあげるというまねを、ね」
「な……っ!」
状況を想像してしまい、見る見る顔が赤く染まる。
「望美さんは将臣くんと譲くんなら、単(下着)姿を見られても恥ずかしくないそうですよ?」
真っ赤になって慌てる様がおかしくて、さらに煽るようなことを口にする。
「あ、あいつは羞恥心と言うものがないのか!?」
「いえ、僕たちはダメなそうですから……少し妬けますよね?」
「い、いや、そういうことじゃなく……ッ」
目に見えて狼狽する九郎に、弁慶はくすくすと笑いを漏らす。
「九郎さん、どうしたんですか?」
突然現れた望美に、九郎は耳まで真っ赤に染まると、ぎくしゃくとその場から逃げ出す。
「どうしたんでしょうか? 九郎さん」
「ふふ、大したことじゃないですよ。それよりもどうしたんですか?」
「うん、宿題で分からないところがあったから、譲くんに教えてもらおうと思って」
譲の方が年下だというのに、恥ずかしげもなく話す望美に苦笑を浮かべる。
「薬のことなら僕が教えてさしあげられるのですが」
薬剤師という資格が向こうの世界にもあったなら、弁慶はあっさりと取得できたことだろう。
「具合が悪くなった時にはお願いしますね」
にっこり微笑む望美に、弁慶も笑みを返した。