「お前の世界は本当に平和だな」
源氏山公園からの帰り道。
九郎の呟きに、望美は不思議そうに彼を振り返った。
「九郎さん?」
「ここでは敵の気配に気を尖らせることも、剣の鍛錬をする必要もない」
今までは当たり前だったことが、全て不必要なこの世界。
戦乱の世にいた九郎には、あまりにもかけ離れていた平穏が、ここには満ち溢れていた。
まっすぐに前を見つめたまま、歩みを止めない九郎に、望美は彼が何を言いたいのか分からないまま、黙って隣りを歩く。
「茶吉尼天を倒して、これからのことを考えた時、俺はどうしていいかわからなかった」
本で知った、自分と同じ名を持つこの世界での義経が辿った末路。
それは、元の世界で九郎がずっと目をそむけていた、望まざる未来だった。
「元の世界に戻ったところで、俺に安住の地はあるのだろうか? それどころか、俺のせいで恩義ある平泉を戦渦に巻き込んでしまうのではないか……と」
「九郎さん……」
「だが、この世界に俺の居場所はあるのだろうか? 今まで積み重ねてきた武芸も、将としての技量も必要とされないこの世界で……」
「九郎さ……っ」
「わかってる」
自分の存在を否定するような九郎の言葉に望美が慌てるが、一瞬早く遮って言を続ける。
「俺達はずっと共にいる。何があっても離れない」
晴れ渡った笑顔に、望美が瞳を瞬く。
「『2人で幸せになる』んだろ?」
「……! そうですよ。私たち2人で見つけていくんだって、そう約束しましたよね」
今まで培ってきたもの全てが無となっても。
お前の手だけは離さない。
あの時、そう心に誓ったのだから。
「まだまだ不慣れで面倒をかけるが、これからもよろしく頼む……望美」
笑顔と共に差し出された手を、望美が嬉しそうに取る。
「こちらこそよろしくお願いしますね!」
離れることがないように、しっかりと繋いで。
お前の隣りにいつも俺があるように。
俺の隣りにいつもお前があるように。
俺の居場所は此処なのだから。