回しのみペットボトル

九望13

「はい、九郎さん」
差し出されたペットボトルを受け取って、蓋をひねって水を飲む。
久しぶりに望美と剣を合わせて、思った以上に時間が過ぎていたらしく、すっかり喉が渇いていた。

「すまない、ずいぶん飲んでしまったな」
「大丈夫ですよ。もう1つ買ってきますか?」
「いや、いい。十分喉は潤った」

九郎のいた世界では、水を得るには溜め置いた水瓶からすくうか、川で得るかだが、この世界では自動販売機という無人の機械にお金を入れれば簡単に手に入れられる。
その利便性に驚いたが、こうして必要な時にすぐに得られるのはありがたいものだと、竹筒の代わりのペットボトルを見つめて、望美へと差し出した。

「久しぶりに剣の練習が出来てすっきりしました。でもやっぱり鈍っちゃってますよね」

「それは仕方ないだろう。ここでは気軽に剣は振るえないからな」

あの世界ではいつでも鍛錬を行えたが、真剣はおろか木刀すら安易に振るうことは出来ず、こうして剣を合わせるのは九郎が世話になっているこの道場でしか叶わなかった。
だから望美の腕が鈍るのも仕方ないのだが、負けず嫌いの彼女は納得しない。

「やっぱり毎日通おうかな」

「よせ。お前には勉学があるだろう。それに、今は腕を鍛える必要もない」

「う……。それだったら九郎さんもそうじゃないですか」

「俺はこれしか知らないからな」

望美の世界にやってきて、何をするか悩んだ時に気がついた。
九郎には剣しかなく、どうしたものかと考えていた折に出会ったのがこの道場の主だった。

「そういえば、夜間学校は通うことにしたんですか?」
「ああ。ある程度の教養は必要だからな」

剣で身を立てるというのはこの世界では難しい。
だから九郎はこの道場で師範代理を務める傍ら、将臣たちとあれこれ調べて学校に通うことにした。

「九郎さんって本当にまじめですよね」

自分から勉強するなんて、とペットボトルの蓋をひねり、水を飲んでいた望美は、はたと動きを止めるとその頬が赤くなる。

「お、おい。顔が赤いぞ。熱があるんじゃ……」

「だ、大丈夫です。違います。何でもありません!」

早口に言い募ってぶんぶんと首を振る望美に訝し気に眉を顰めると、全然大丈夫じゃないだろうと腕を伸ばして掌を額に置く。

「!!」
「熱は……ないな」
「九郎さん、近いです!」
「な……っ、わ、悪い!」

望美の指摘にハッと身を離すと、同じく頬を赤らめて視線を逸らす。
目に映ったのは、望美が手にしたペットボトル。
だが、九郎にはなぜ望美が顔を赤らめるのか理解できなかった。
一方の望美は、気づいてしまった事実に動揺を隠せない。
手にしたペットボトルは一本。
つまりは間接キス。

(落ち着くのよ、望美。あっちじゃこんなの当たり前だったじゃない)

今のように鍛錬の合間に、竹筒の水を飲み交わしたこともあった。
それと何も変わらないというのに、彼への気持ちを自覚した今ではこんなにも動揺してしまう。
そんな乙女心に、けれども恋人となった九郎に素で動揺させられることが増えることを、望美は後に知るのだった。
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