穏やかな春の日差しを、九郎は公園の木にもたれかかりながら眺めていた。
戦いの日々の中では思い描くことさえ出来なかった穏やかな日々。
こんな平穏な生活など、自分にはありえないと思っていた。
しかし、それを愛しい少女が成してくれた。
白龍に選ばれ、この世界より召還された龍神の神子・春日望美という少女が。
いつにない安らいだ顔でいる九郎に、望美は気配を殺してそっと忍び寄る。
そうしてあともう少しで触れる……というところで突然腕を掴まれ、そのまま世界が反転した。
「……何をしようとしていた?」
「あ、あははは……九郎さん、気づいてたんですか?」
「当然だ」
悪戯を目論んでいた望美は、逆に組み敷かれてしまい、誤魔化すように笑う。
「一生懸命気配を消したのに、やっぱり九郎さんにはかなわないなぁ」
「褒めても何も出んぞ」
「別にそういうつもりで言ったんじゃないもん」
組み敷かれた体勢が照れくさくて、それを隠すためにわざと話を変えたのだが、九郎のそっけない返事に望美が頬を膨らます。
以前、熊野川の氾濫で宿で足止めを食った時、九郎と弁慶が子供らしい遊びをしたことがないと言っていたのを思い出し、「だ~れだ?」をやって九郎に幼児期の遊びを体験してもらおうと思っただけなのだ。
しかしそんな望美の思いなど気づかない九郎は、望美の行動に呆れたように大きく息を吐く。
「お前は本当に妙なやつだな」
「ムッ……妙で悪かったですね」
ぷいっと拗ねて顔を背けた望美に、九郎が驚いたように瞬きする。
「何を拗ねてるんだ?」
「別に拗ねてなんかいません」
「それが拗ねてると言うんだ」
「拗ねてないったら拗ねてないんです!
それよりも腕、放してください」
「嫌だ」
別段力を込めているわけではないというのに、九郎に押さえ込まれた腕はびくともせず、望美は顔を背けたままで抗議するが、あっさりと却下された。
「九郎さん!」
「何をそんなに怒っているんだ? 先ほど俺が言った言葉か?」
「知りませんっ」
完全にへそを曲げた望美に、ふぅ~っと深くため息をつくと、腕を解放してそのまま胸に抱き寄せる。
「く、九郎さん?」
「悪かった。先ほどは俺が言い過ぎた」
「……」
九郎の謝罪に、望美は小さく息を吐いてぽんぽんと背中を軽くたたいて『許します』のサインを送る。
以前は些細なことで言い合ってばかりいた2人だったが、最近ではこうして歩み寄ることを覚えた。
「……穏やかだな」
春の日差しに視線を移し、穏やかに微笑む九郎に、望美が九郎の胸に身を預け頷く。
以前なら考えられなかった2人の距離。
それが今、こうして叶えられているのも、全て平穏なこの世界で過ごしていられるからだった。
ひょんなことから九郎の許婚になってしまった望美だったが、共に過ごすうちに偽りから真実へと変わっていった。
頼朝と決別し、この世界へとやってきた九郎と望美は、今では本当の恋人同士だった。
「以前の九郎さんだったら、絶対外で抱き合ったりしてくれなかったですよね」
「な……っ!!」
望美の言葉に、九郎が慌てて胸から引き剥がす。
「う~~っ」
抗議の声をあげる望美に、九郎が赤らんだ顔でそっぽを向く。
「もう、すぐ照れるんだから」
「お、お前がたしなみがないんだろう!」
頬を膨らませると、九郎の口癖が返される。
「たしなみって……九郎さんからしたんですよ?」
「う、うるさいっ!」
耳まで真っ赤に染める九郎に、望美がため息をつく。
ようやく想いをかわし合った2人だったが、それでもやはり九郎の照れ性は相変わらずだった。
「そ、そういえばさっきは何をしようとしていたんだ?」
思い出したように問う九郎に、望美がふふっと微笑む。
訝しがる九郎に先程の遊びを教えるべく、望美がそっと耳元に口を寄せ囁く。
「あのね……」