好きと言って

九望11

横を歩いていた望美が腕を絡めると、九郎は顔を真っ赤にしてのけぞった。

「な、何をする!?」
「腕組んじゃダメですか?」
寂しそうに問われ、九郎はうっと言葉を呑む。
望美への恋愛感情の自覚がないままこの世界へ来た九郎は、半年が過ぎた今でも相変わらずであった。
そんな九郎に、望美は寂しさを覚えるようになった。

「九郎さんにとって私は、今でも同じ先生に師事していた兄弟弟子でしかないんですか?」

問われて、九郎は何も言い返せない。
それ以上のものが確かにあるのだが、いかんせんそれが本人にもまだ分かっていなかったのである。

「……それ以上の感情は私しかないんですね」
寂しそうに呟くと、望美は走って行ってしまう。

「お、おい!」
慌てて追おうとした九郎の目の前で、望美が人にぶつかる。
それは一見してタチが悪そうな、制服や髪型を着崩している少年達。

「おい、姉ちゃん。どこ見てんだよ!?」
「ごめんなさい。前方不注意でした」
素直に頭を下げる望美に、もう一人の少年がぴゅ~っと口笛を吹く。

「お? よく見たらこの女、結構可愛いぜ?」
「そうだな。お詫びに俺達に付き合ってもらおうか?」
言うや、望美の腕を取る。

「望美!」
駆け寄ると、九郎は少年の腕を振り払い、望美を自分の後ろへと隠した。

「九郎さん!」
「何だよ、お前」
「こいつの連れだ。連れの非礼は俺が謝ろう」
「邪魔すんじゃね~よ!」
突然現れた九郎に、少年二人が言いがかりをつける。
そんな男子高校生を、九郎は冷ややかに見つめた。

「女へ対しての粗暴な振る舞い。見過ごすわけにはいかない」
「なんだと? この野郎!」
こぶしを振り上げ殴りかかる少年に、すっと横にかわすと背に手刀を振り下ろす。

「げえ……っ!」
「こ、この野郎!!」

倒れた仲間に、もう一人の少年が九郎に向かって殴りかかるが、素早く避けるとその腕をとってひねりあげた。

「安心しろ。峰打ちだ」

相手の戦意喪失を感じ腕を離すと、一目散に逃げ出す二人。
それを見遣ってから、望美へと向き直った。

「馬鹿! 何をしてるんだ!」

「馬鹿って……確かに不注意でしたけど、でも、九郎さんが悪いんじゃないですか!」

「俺のどこが悪いと言うのだ!?」

「九郎さんが鈍感すぎるのが悪いんです!」

思わず怒鳴りつけると、望美も反論を返す。

「俺が鈍感だと?」
「私は九郎さんのことが好きなのに……九郎さんは私のこと、本当はどう思ってるんですか?」
「う……っ」
先ほどの問いに戻り、九郎が再び黙り込む。

「……やっぱり私の一方的な想いなんですね。
わかりました。もう付きまといませんから!」

涙をこぼすと走り去ってしまう望美を、九郎が再度追いかける。

「もう! 何で追いかけてくるんですか!?」
「だから、違うと言っている!」
腕を掴まれ、キッと見つめる望美に、九郎が負けじと見つめ返す。

「違うって……何が違うんですか?」
少し落ち着きを取り戻した望美が問うと、九郎が腕を握ったまま、真っ赤な顔を背けて呟く。

「兄弟弟子なだけじゃ、ない」
「じゃあ、なんですか?」
「そ、それは……っ」
これ以上にないくらい真っ赤に染まった九郎に、望美の胸にもかすかな希望が宿る。

「それは、その……俺にもよくわからん」
「はぁ?」
九郎の間の抜けた返事に、望美が脱力する。
そんな望美に、九郎が慌てて言葉を足す。

「だから! 俺にもよくわからんが、お前が傍にいるとその、安心すると言うか、嬉しいと言うか……」

「それって仲間でもそうなんじゃないでしょうか?」

「違う! お前と弁慶とは違う!!」

九郎の中での違いがわからず、望美が複雑な表情を浮かべる。

「だから……っ!」
言うや、ぐいっと望美を抱き寄せる。

「お、俺はお前と一緒にいたい! その、お前のことが、す、好き……なんだと思う」

「……“だと思う”って」

「し、仕方ないだろう! その、今まで好きになった女などいないのだからな」

真っ赤になって胸の中の望美から瞳をそらす九郎に、くすりと微笑む。

「何を笑ってる!」
「いえ」
トマトのように耳まで真っ赤に染めた九郎に、望美は背伸びするとそっと頬に口づける。

「……っ!!!」
「好きです、九郎さん」
バッと身を離す九郎に、望美は微笑みながら告げる。

「九郎さんが私ほど想ってくれていなくても、それでも私は九郎さんが大好きです」

にっこり微笑む望美に、九郎はぎこちない動きで再び抱き寄せる。

「……俺もお前が……望美が……好き、だ」
「はい」
望美の髪に顔を埋めるように囁く九郎に、望美は彼の背を両腕でしっかりと抱きしめた。
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