清盛を封じて源平の戦に終止符を打った望美は、ヒノエの傍にいることを選んだ。
そうして彼と共に再び熊野を訪れた望美を待っていたのは、歓迎と拒絶。
格式を重んじる者と、龍神の神子と敬う者。
望美に対する反応は、二分されていた。
格式を重んじる者の中には、後見のない望美を側室として別に正室をたてるべきだという者までいた。
そんな中で、あくまで正室にと言い張ったのはヒノエ。
自分が真に求めるのは望美ただ一人だと、別当の決断として押し切ったのだった。
そうして迎えた婚儀の日。
身支度を終え、ヒノエの元へ向かおうと渡殿を歩いていた望美の頬を、ひんやりとした感触が撫でた。
空を仰ぐと、はらはらと舞い降りてくる白き結晶。
「まあ、風花でしょうか」
「風花?」
ふわりと舞う様は、まるで桜の花弁のようで。
そっと掌を差し出すと、掌で淡く溶けて消えていく。
「これは『春の雪』だね」
空を見上げる望美の元に、いつの間にやってきたのかヒノエが同じく空を見上げながら呟いた。
山に降り積もった雪が吹き飛ばされる風花とは違い、ひらりふわりと舞い降りる雪は確かに季節はずれの『春の雪』だった。
「きっと天が別当様と望美様の婚儀を祝福されているのですわ」
「やはり望美様は、まこと龍神に愛されしお人なのですわね」
稀なる現象に、人々のざわめきが大いなる祝福へと変わっていく。
そんな中で、ヒノエはふっと苦笑を浮かべた。
「もしかしたら白龍の涙かもしれないね」
「白龍の?」
「自分の大切な神子が、他の男のものになることを悲しんでいるのかもよ?」
冗談めかしたヒノエの言葉に、しかし望美はふるりと首を振ると、天を見上げ微笑んだ。
「白龍はいつも私の幸せを望んでくれてたもの。だからきっと、この雪は白龍からのお祝いだよ!」
そう振り返った笑顔は眩く、誰よりも美しくて。
掌に白い粒を受け止めると、ふっと目元を綻ばせた。
「――望美、俺の花嫁になってくれるかい?」
瞳を大きく見開いた望美に、ヒノエはその手を取るとまっすぐに見つめた。
今一度問うのは、周囲の声に心揺らいでいることを知っていたからだった。
「本当に私でいいの?」
家柄も、教養も何もない。
捧げられるのはこの身一つ。
「お前がいいんだよ」
指先に口づけて、腕の中へと引き寄せる。
「ヒノエくんに……熊野別当にふさわしい女の子が他にいるかもしれないよ?」
「お前以上の女なんて俺は知らないね」
「……っ」
小さく震えた肩に、頬を掌で包みこむ。
異世界から突然戦場へと投げ出された望美。
しかし恐れ背に庇われるのではなく、大切な者たちを守りたいと、彼女は自ら剣を取った。
清らかで心優しい龍の神子姫。
彼女以上に美しく、そして愛しい存在は他にいなかった。
「俺の求愛に答えてくれるかい?」
「――うん」
頷き微笑む望美の額に口づけを落とすと、二人で天を仰ぐ。
優しく舞い降りる美しき結晶は、冬のように凍え震わせるものではなく、桜の花弁のようにふわり、ふわりと柔らかく舞い降りる。
愛しい神子を守るように……新しい門出を祝福するように。