あなたと歩む未来-4-

ヒノ望6

「奥方様の支度が終わりました」
「ああ」

女房の報告にヒノエが頷くと、静かに扉が開かれる。
そこに立っていたのは、滑らかな絹の白いドレスに身を包んだ麗しき天女。
いつもはおろされている紫苑の髪を結い上げ、代わりに薄いヴェールと呼ばれる布を飾り、薄化粧を施した望美の輝く美しさに目を奪われる。

「とても綺麗ですよ、望美さん」
「弁慶さん!? みんなも……! どうして?」
「麗しいお前の姿を見せてやろうと思ってね」

瞠目している望美の手をとると、恭しくその甲に口づけ微笑む。
ヒノエにエスコートされ彼の隣りへ座った望美は、改めて目の前の彼らを見渡した。
そこにいるのは、あの戦で常に彼女を守ってくれていた八葉達だった。

「お偉方の祝福よりも、彼らからの方がお前は喜ぶだろ?」

「ヒノエくん……」

「それが望美ちゃんの世界の婚礼衣装なんだよね? うん、すごくよく似合ってるよ」

「おめでとうヒノエ、神子。その、とても綺麗だ……」

「ああ。神子、私からも祝福を述べよう」

「幸せになれ、望美」

次々と言祝ぐ仲間の中で、譲は瞳を細めて微笑んだ。

「先輩、とても綺麗ですよ。どうか幸せになってくださいね」

「ありがとう、譲君。景時さんも、敦盛さんも、敦盛さんも、先生も、九郎さん、弁慶さんも……みんな本当にありがとう」

仲間たちの心からの祝福に、望美の瞳から涙が溢れる。

「ほら泣かないで。祝いの席なんだから笑って頂戴」
「うん、ありがとう朔」
布を差し出す朔に、望美が微笑んで受け取る。

「それにしてもドレスなんてよく用意できたな、ヒノエ」
「俺に手に入れられないものなんてないぜ?」

口の端を吊り上げるヒノエに、譲が苦笑する。

「でも本当にびっくりしたよ。いつの間に用意してたの?」
「これと同じ頃にちょっと、ね」

指輪に触れて微笑むヒノエに、望美が驚く。

「そんな前から!?」
「さすがは君ですね」

甥の用意周到さに弁慶がふふっと笑む。
日中の形式めいた結婚の儀と違い、気心の知れた仲間達との優しさに満ち溢れた祝賀の宴に、望美は幸せいっぱいで隣に並んだヒノエに微笑んだ。


* *

「ありがとう、ヒノエくん」
宴を終え自室へと引き上げた望美は、結い上げていた髪を下ろすと、傍らのヒノエに幸せそうに微笑んだ。

「どういたしまして。お前の花の笑顔を見れて俺も幸せだよ。けど……」

「?」

「お前のその麗しい姿は、俺だけのものにしておけば良かったかな」

耳元で囁き頬に口づけるヒノエに、望美が顔を赤らめる。

「もう……っ」

「異国の婚礼衣裳っていうのもいいものだね。もちろん着物も最高に似あってたけどね」

「この世界でドレスなんて着れると思わなかったから本当に嬉しかったよ。ありがとう、ヒノエくん」

「違うぜ、望美」

「え?」

ぱちぱちと瞬きする望美に、ヒノエは手を取り指輪に口づけながら言う。

「“あなた”だろ?」
「……っ!!」

にやりと口の端をつりあげるヒノエに、望美が耳まで赤くなる。
確かに今日、望美は正式に熊野別当・ヒノエの妻となったのである。

「お礼は言葉よりも別のものがいいんだけど」
「別のもの?」
ヒノエから今まで何かをねだられたことはなかったので、望美は驚きながらも頷く。

「いいけど何が欲しいの?」
「“望美”」
「え?」
「お前が欲しい」
「ヒノ……エく……」
口を開こうとして、だけど重ねられた唇に言葉は封じられる。

「結婚の儀まではと我慢してたけど、もう限界」
「ヒノエく……」

口づけの合間の囁きに、けれど望美が何かを言おうとするとまたすぐに重ねられて言葉にならない。

「んん……っ」
何度も何度も重ねられる唇に、望美が苦しげな呻きを洩らすと、ようやく解放された。

「いいかい?」
覗きこむ紅の瞳に、望美は真っ赤な顔を隠すようにヒノエの胸に寄りかかる。

「……ダメって言ってもするんでしょ?」
「望美が本気で嫌ならやめるよ」
ヒノエの返答に驚いて顔をあげると、口づけが降ってくる。

「イヤだと言われないぐらい、惚れられてる自信はあるけどね」

ぱちんと片目をつむるヒノエはいつものように余裕たっぷりで、望美は苦笑を洩らす。

「ヒノエくんを愛してるから……いいよ」
承諾の言葉と同時に、唇に熱が重なった。

* *

胸に溢れ出る“愛しい”という気持ちに、ヒノエはそのまま眠りに落ちた望美を見つめ、口元を緩めた。

「こんな想いは初めて……だね」

今までの恋では得られなかった充実感。
満たされた想いがヒノエに喜びを与える。
ずっと共に生きていこう。
この熊野で誰よりも大切なお前と共に。

「うん、ずっと一緒だよ」
ヒノエの胸の誓いに、夢の中の望美が答える。
一瞬驚いて、そして苦笑をもらし抱き寄せた。

「本当にお前にはかなわないね」

眠りについてなお、自分を想う望美の額に
口づけると、腕の中の温もりを抱き寄せ、そっと瞳を閉じた。
これから歩む、二人の未来を思い描いて。
Index Menu ←Back Next→