指先のぬくもり

ヒノ望51

刀を振るう音に目を向けると、もはや日常と化した神子姫様が鍛練している姿に足音を忍ばせて近寄る。
滑らかな髪を一括りに結わき、一心に前を見据えて剣を握る彼女の手には剣タコがあり、手習いの真似事ではないことが知れた。
本来ならば奥深くに隠され、大切に扱われていてもおかしくないというのに、彼女は何故か自ら剣を取り、前線に出ることを望む。
その視線の先にあるものは何か知りたいと、いつしか自然と目で追うようになっていた。

「熱心だね」
「わっ! ヒノエくん? 危ないから足音消して近寄らないで」
「悪い、習慣でね」

悪気なさを装うも騙されてくれない彼女は呆れたように息をつくと、剣をしまって向き直った。

「用事は済んだの?」
「ああ。暇をもらってすまなかったね」
「それぞれ皆お役目があるんだから仕方ないよ。気にしないで」

何でもないと口にするその言葉の裏に、まるでそれぞれの思惑を見抜いているように思えるのは勘繰りすぎだろうか。
けれどもまるで先読みの如く語る言葉を何度と聞けば、考えすぎとは言えないだろうと自らの勘が訴える。

神子姫様には秘密がある。
そう感じてから意識して見ているが、なかなかそれを暴けずにいた。
童女のようにあどけない顔を見せたかと思えば、歴戦の猛者のように戦場を駆ける。
世話役の幼なじみの言葉が正しいのなら、彼女が剣を取ったのは最近のことで、それまで戦場に身を置いたこともなかったというのだから驚きだ。

「鍛練は終わったのかい?」
「集中が途切れたからまた後でやるよ」
「それは悪かったね。お詫びといってはなんだけどこれを」

そう袂から菓子を取り出せば、途端に笑みがこぼれて、ありがとうと嬉しそうに受け取った。

「手を洗って、お茶もらってくるよ」
「ああ、待ちなよ」

くるりと背を向けかけた彼女を呼び止めると手を伸ばして、衿元に手をかける。

「ヒノエくん!?」
「動いて襟が乱れたんだね。……これでよしっと」

わずかに指先を差し込み伊達襟を直してやると、その頬が赤く熟れていて、ありがとうとお礼を言うのと同時に身が翻る。

「お茶もらってくるね!」

逃げるように走り去る姿に笑みをこぼすと見送って、ふと指先に残るぬくもりに目を細めた。
気を向けすぎだと自覚している。
これからの流れに興味深い存在であるのも確かだか、近づきすぎるのも得策ではないとわかっていた。
なのに目が離せない。
折りに触れたいと、そう思う心の流れに抗い難いと思ってしまうのだ。

「どうするかな……」

潮目を読み違えることは出来ない。
感情に流される気もない。
けれども得るのは熊野にとっての最良ともう一つ……手を伸ばしたいと思っている。
揺れる天秤に今はまだ答えを出せずに呼ぶ声に視線を上げると、彼女の待つ方へと歩き出した。

2020.5.25
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