目と目があったら

ヒノ望2

ふと視線を感じて振り向くと、必ず目が合うのがヒノエ。

「ヒノエくん、何か用?」
「いや。可愛い神子姫様を見てただけだよ」

なめらかに紡がれる甘言は彼にとっては当たり前のものだから、過剰に反応しないように自身を戒めると、あっさり流して鍛錬に戻る。

「つれないね」
「だってヒノエくんのそういう言葉は社交辞令と同じでしょ?」

女性を見れば口説くのだと、最初の時空で初めて会った時に弁慶が言っていたのを思い出し告げれば苦笑されて、「お前にだけだよ」とこれまた甘言を紡ぎ出す。
望美を姫もとい女性扱いしているようで、その実源平の戦にどのような影響を与えるか、冷静に見極めていることを知っているから、彼のこうした物言いには望美も内心では苦笑していた。
もしもヒノエの甘言に踊らされ、のぼせてしまったら、きっと彼はその程度だとあっさり見切りをつけるだろう。
けれどもそれでは困るから、望美はことさら冷静に彼の言葉を受け止めて、流すべきものは流すことにしていた。

八葉としてヒノエの存在は必要だから――そんな大義名分じゃなく、ただ望美がヒノエを必要としている。
それは彼女しか知らない秘密。
一度すべてを失って、一人時空を遡る決意をしたのは、『あの人』の運命を変えたいと強く願ったからだ。
だから、相変わらず注がれる視線に笑みを浮かべると、一心に剣を振るう。

そうして私を見ていて。
絶対に違う運命を切り開いて、あなたが生きる道を作るから。
ただ一人のために与えられた力を振るうのは、神子として間違っているかもしれないけれど、望美はただの人間で、時空を遡ったのも自分の願いを叶えたいから――それだけだった。

そんな望美から目を離せずに、鍛錬をこなす彼女を見続ける。
――神子姫には秘密がある。
そう感じたのは、仲間になって共に過ごすようになっていくらもたたない頃だった。
もちろん、それ以前にも彼女の変化は感じていた。
初めて京にやってきた時はあどけない少女だったのに、ほんの数日目を離した後にはがらりと変わっていた。
表情、物腰、剣の腕。
後白河院に評されるほどの舞の腕は、この京に来てから身につけたとは到底思えず、突然場数を踏んだようだと、その秘密が知りたいと強く思った。

こんなに興味をひかれる女性は初めてで、望美から目を離せない。
冷静に神子を見極める別当の面とは別に、ヒノエとして惹かれていることに驚いていた。

「こんなにも本気にさせられたのは初めてだよ」

呟きは風にかき消されて彼女の耳には届かなかったはずなのに、一瞬目があうと微笑むその姿に、どくりと鼓動が跳ねあがった。

2018/02/06
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