蠱惑

ヒノ望3

ある日の夕食時。
珍しく八葉に緊張が走っていた。
その原因は、彼らの中心で嬉しそうにご飯を食べる望美。
彼女に害があるというのではなく、問題はその食べ方。
望美の食べ方というのが妙にいやらしく、激しく妄想をかきたてられるのだ。
顔を赤らめ目を奪われている面々に、望美は不思議そうに声をかけた。

「どうしたの? ご飯冷めちゃうよ?」
望美の声にハッと我に返って箸を勧めるが、どうにも食が進まない。

「わりぃ。俺、もういいや」
「俺も」
「私も……」
「僕も失礼しますね」
次々と箸を置いて足早に立ち去る八葉に、望美が驚く。

「えぇ? みんなどうしたの?」
望美の声を背に、各々の場所へと散っていく八葉。
隠れて己を慰める者。
剣の鍛錬で雑念を散らす者。
酒で誤魔化す者……様々。

「よく今まで耐えられたね」
ため息をつきながら隣りに腰をおろしたヒノエに、縁側で酒を飲んでいた将臣は苦笑した。
彼等の目の前では、雑念を必死に払おうと剣を振る九郎の姿。

「生殺しだろ?」
「そりゃあ、ね」
苦笑いを浮かべて振られれば、さすがのヒノエも苦笑を漏らすしかない。
望美が神子でなければ……いや、自分のことを想ってさえいれば、すぐに押し倒すことも出来るのだが。

「敦盛や譲には刺激が強すぎるんじゃない?」
「譲はまぁ、いい加減慣れたというか……視線微妙にずらすことを覚えたみたいだが、敦盛は、な」
「純な敦盛まで惑わすなんて、姫君もやるね」
真っ赤な顔で一人消えた敦盛の姿を思い出して、苦笑を漏らす。

「譲が弓道始めた理由は望美だ。あいつを守れるようにっていうのもそうだが、あらゆる雑念を払いたいんだとよ」
「……そりゃ可哀想に」
確かにこの中途半端に昂った身体をどうしてくれよう?
他の女を抱きに行くのはどうにも後味悪く、こうして酒で誤魔化すより他にないのだから。

「手出すなよ」
「さあ? 見張っておかないとわからないぜ?」
笑いながらも目は真剣な将臣に、ヒノエが含み笑いを返す。

「僕も仲間に入れてもらいましょうか」
「熱を冷ます会にか?」
将臣の言葉に、弁慶も苦笑する。

「これだけの男を蠱惑するなんて、姫君もなかなかやるね」
ヒノエの言葉に、将臣と弁慶は目の前の九郎を見つめながら盃を飲み干した。
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